1750年頃には、ある程度の演奏家は楽器を顎で挟むスタイルを採用していたことはわかってきましたが、まだ顎で挟むのはE線側、つまり現在とは反対側の位置を挟んでいたようです。
実際にその頃からE線側を挟んでいる絵が現れだします。
Januarius Zick "Die Familie Remy" 1776
Paul Sandby "Six guineas entrance and a guinea a lesson" 1782-1784
かといって、みんながみんなそのスタイルを取り入れたわけではなく、昔ながらのスタイルで演奏した人もいれば、テールピース部分を挟んでいるような絵もあります。
Johann Georg Wille "Die Wandermusikanten, nach Dietricy, Kupferstich" 1764
Louis Michel van Loo "Sextet" 1768
Giovanni Volpato "I Burattini" circa 1770
Pietro Fabris "concert party" 1770
作者不詳 "Boarding School Education, or the Swiss Pimp, & French-Bawd" 1771
Thomas Rowlandson "The Polish dwarf performing before the grand seignior" 1786
Achille Louis Martinet
"Salon Interior with Gabriel d'Arjuzon Playing the Violin and Pascalie Hosten, Comtess d'Arjuzon, Plaing Guitar" 1840s
Jose Rodrigues "O Pobre Rabequista" 1855
Ida Silfverberg "Böömiläinen viuluniekka" before 1866
どうやら1850年頃になると首元で演奏するのが当たり前になり、胸で演奏している絵はほとんど見受けられなくなります。
この頃の高名な演奏家はどうだったでしょう。
作者不詳 "Josef Gungl" c1845
「ベルリンのシュトラウス」と呼ばれたハンガリー生まれの作曲家、指揮者であるヨーゼフ・グングル（Josef Gung'l, 1809-1889）は、テールピース上の若干G線寄りを挟むスタイルのようです。
Adolph von Menzel "Portrait of Joseph Joachim" 1853
ブラームスのバイオリン協奏曲を初演したバイオリニストとして後世に名を残しているヨーゼフ・ヨアヒム（Joseph Joachim, 1831-1907）はE線側を挟むスタイルだったようです。
Félicien Rops "Lassen et Wieniawski" 1856
この絵のヘンリク・ヴィエニャフスキ（ Henryk Wieniawski, 1835-1880）はデフォルメされていますから正確ではないでしょうが、G線側を顎で挟んでいるように見えます。
そして1800年代初めは、あの稀代のヴィルトゥオーゾ、ニコロ・パガニーニ（Niccolò Paganini, 1782–1840）が活躍していた時代でもあり、彼の絵もたくさん残されています。
作者不明 ”Sigr. Paganini” 1831
この絵はテールピースのE線側を挟んでいますが、
Robert Jacob Hamerton "Signor Paganini" circa1830
こちらの絵ではG線側を挟んでいます。
そこで彼の愛用した「Il Cannone」を見てみると、G線側のニスがよく剥げているように見えます。
Giuseppe Guarneri del Gesù, Cremona, 1743 "Il Cannone"
時代的に考えると、パガニーニ以前は「顎で挟まない」か「E線側を挟む」のが一般的だったはずですから、この楽器のG線側を挟んだのはパガニーニだったと考えられます。
もちろん後世の人が挟んで演奏したと見ることも出来るでしょう。しかし、この楽器はパガニーニの遺言で「他人に譲渡、貸与、演奏をしない」ことを条件にジェノヴァ市に寄贈しており、彼の死後長い間誰にも演奏されずに残された楽器ですから、このニスの剥がれは彼が頻繁にG線側を挟んでいた証拠と言えます。
顎当ては1820年頃にルイ・シュポーア（Louis Spohr, 1784 - 1859）が発明したとされていることは、フィッテイングパーツ⑥でお話しました。
パガニーニは1834年に引退し、1840年に亡くなっていますので、顎当てのことは知っていたと思いますが、もし使っていたとしても殆ど使ったことはないでしょうし、Il Cannoneには顎当ては残されていませんでした。
それにニスが剥げているのは顎当てを使用しなかった証拠でもあります。
この様に、19世紀では演奏家によってどこを挟むかは違っていたようで、まさに過渡期であったのでしょう。
この後、1800年代後半から1900年代前半でG線側を挟むのが一般化したようで、多くの絵や写真がG線側を挟むものへと変わってきます。
それは顎当ての普及も大きく関与したのではないかと思います。
Alexander Demetrius Goltz "Glaspalast München" 1897
John Percival Gulich "Violin Concert" 1898
Janos Thorma (1870-1937) "The Voice of the Violin"
Jan Veth "Portrait of the violinist Josef Cramer" 1894
John Singer Sargent "Lady Speyer" 1907
Ole Bull (1810–1880) playing the violin
Eugene Ysaye (1858-1931) Copyrighted 1913
このように、1900年前半で現代と同じスタイルになっていったようです。
実は一般の演奏家の中には20世紀の中頃になっても顎当ても付けずにE線側を顎で挟んでいた人たちがいたようです。
ですが、ほとんどのトップバイオリニストたちは20世紀の初めにはG線側またはテールピース上に顎当てを付けて演奏していたようです。
そして、肩当ての登場はもう少し後になってきますが、それについてはまた別の機会にしたいと思います。
出典
Wikipedia
Januarius Zick： https://de.wikipedia.org/wiki/Januarius_Zick
Paul Sandby： https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Sandby
Johann Georg Wille： https://de.wikipedia.org/wiki/Johann_Georg_Wille
Louis-Michel van Loo： https://fr.wikipedia.org/wiki/Louis-Michel_van_Loo
Giovanni Volpato： https://en.wikipedia.org/wiki/Giovanni_Volpato
Pietro Fabris： https://en.wikipedia.org/wiki/Pietro_Fabris
Thomas Rowlandson： https://en.wikipedia.org/wiki/Thomas_Rowlandson
Achille-Louis Martinet： https://fr.wikipedia.org/wiki/Achille-Louis_Martinet
José Rodrigues： https://en.wikipedia.org/wiki/Jos%C3%A9_Rodrigues
Ida Silfverberg： https://en.wikipedia.org/wiki/Ida_Silfverberg
Josef Gungl： https://fr.wikipedia.org/wiki/Joseph_Gungl
Joseph Joachim： https://de.wikipedia.org/wiki/Joseph_Joachim
Félicien Rops： https://en.wikipedia.org/wiki/F%C3%A9licien_Rops
Niccolò Paganini： https://it.wikipedia.org/wiki/Niccol%C3%B2_Paganini
Alexander Demetrius Goltz： https://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_Demetrius_Goltz
John Percival Gülich： https://en.wikipedia.org/wiki/John_Percival_G%C3%BClich
János Thorma： https://en.wikipedia.org/wiki/J%C3%A1nos_Thorma
John Singer Sargent： https://en.wikipedia.org/wiki/John_Singer_Sargent
Ole Bull： https://en.wikipedia.org/wiki/Ole_Bull
Eugène Ysaÿe： https://en.wikipedia.org/wiki/Eug%C3%A8ne_Ysa%C3%BFe
The British Museum
Boarding School Education, or the Swiss-Pimp, & French-Bawd, print, satirical print, London：
https://www.bmimages.com/preview.asp?image=01613392248
print; newspaper/periodical： https://www.britishmuseum.org/collection/object/P_1913-1025-25
