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フィッティングパーツ⑥

顎当て

 今回は「顎当て」です。

 顎当ては文字どうり顎を当ててバイオリン・ビオラを保持する部品です。

 この顎当てが無いと楽器を構えることすら出来ないとお思いでしょうが、実はバイオリンには元々「顎当て」はありませんでした。

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Evaristo Baschenis (1617 – 1677)

 ではどうやって演奏していたのかと言うと、胸に乗せたり、鎖骨に乗せたりしていたようです。

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Jan Miense Molenaer (1610-1668)

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Leopold Mozart: Grndliche Violinschule 1787

 鎖骨に乗せる方法は首に当てているので現代のように顎で挟んでいるように思われるかもしれませんが、挟んでいるわけではありませんし、楽器には顎当ても無いですよね。

 じゃあ、いつ頃から顎当てが使われ始めたのか。

 それは、19世紀初頭(1820年頃)に神聖ローマ帝国のヴィルトゥオーゾで、作曲家・指揮者でもあるルイ・シュポーア(Louis Spohr, 1784 - 1859)が発明したとされています。その後、バイヨ(Pierre Marie François de Sales Baillot, 1771 - 1842)やヴィオッティ(Giovanni Battista Viotti, 1755 - 1824)らによって宣伝され、広く普及したようです。

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Louis Spohr:Josef Kriehuber 1850

 ところで、顎当てのおかげでバイオリンの演奏テクニックが向上したと思われがちですが、この事は色々論争があり、実は一概にそうとは言えないとされています。

 その大きな根拠が、稀代のヴィルトゥオーゾであるパガニーニ(Niccolò Paganini, 1782 – 1840)が顎当てを使用していなかったから、と言うものです。

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Niccolò Paganini:Georg Friedrich Kersting (1785 – 1847)

 彼を描いている絵には顎当てが無く、彼が愛用していた「カノン」と呼ばれるバイオリン(Bartolomeo Giuseppe Guarneri detto "del G'esu" 1743 "il Cannone")は、フィッティングがバロックのものに近く、顎当ても付いていなかったそうです。

 私はパガニーニは顎当てを使用していなかったが、顎と肩で楽器を挟んでいたのは間違いないと確信しています。つまり、鎖骨に乗せるだけの構え方ではなかったはずです。実際上の絵でも間違いなく顎で挟んでいますよね。

 それ以外にも以下の写真を見ていただけるとわかります。

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Bartolomeo Giuseppe Guarneri detto del Gesù 1743 "il Cannone"

 この楽器はパガニーニが愛用し、「死後永久に保管されるように」という遺言からジェノバに寄贈され保管されています。

 この楽器のテールピースの左側、現在顎当てが取り付けられる辺りの表板のニスが剥げているのがわかるでしょうか。もしここに顎当てがあったら、表板に顎などが触れることは絶対にありませんのでこのようにニスが剥げるはずはありません。逆に、顎で楽器をここで挟まなければ、これほどニスが剥げることは無かったはずです。

 また、テールピースの右側もニスが剥げていますから、ここも挟んでいた可能性もあります。

 つまり、鎖骨に乗せた構え方ではなく、顎当てが無いのに顎と肩で楽器を挟む構え方をしていたのです。あそこまでの超絶技巧をこなすにはやはり顎で楽器を挟む必要があったのでしょうね。

 ですので、顎当ては楽器のニスの保護には大きな貢献をしましたが、演奏技術の向上には貢献しなかったのではないでしょうか。超絶技巧を駆使するヴィルトゥオーゾにとっては、顎当てがあろうがなかろうが顎で楽器を挟むのには変わりなかったのですから。

 しかし、現在は顎当てと肩当てのおかげで完全に左手が自由になりましたので、超絶技巧を一部のヴィルトゥオーゾだけのものでなく、多くの演奏家のものにすることに貢献したのは間違いないでしょう。

 顎当ては本体が銘木(黒檀・ローズウッド・黄楊など)で出来たものやプラスチック製のものなどがあり、それを金属やプラスチックで出来た金具で楽器に固定しています。

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 固定する金具にはコルクなどの柔らかい素材で保護され、楽器に傷が付きにくくなっています。

 そして、一説には顎当ての形は現在50種類ほど存在するそうです。

 すべてを網羅するのは大変なので、以下に一般的なタイプを紹介していきます。

 まずはテールピースをまたぐオーバーテールピースタイプです。

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Chinrest Guarneri, Ebony

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Chinrest Varga, Ebony

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Chinrest Priska, Ebony

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Chinrest Berber, Ebony

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Chinrest Flesch, Old Model, Ebony

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Chinrest Flesch, New Model, Ebony

 そして、テールピースの左側に取り付けるタイプです。

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Chinrest Dresden, Ebony

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Chinrest Kaufmann, Ebony

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Chinrest Teka, Ebony

 素材がプラスチックのもの

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Chinrest Mulko, Engraved Plate, Plastic

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Wittner® Chinrest Augsburg, Plastic

 Wittner社のこの顎当ては専用の肩当てと合体出来るようになっています。↓

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 また、Wittner社は他にもプラスチックのいくつかのタイプを発売しています。

 素材がカーボンファイバーのもの

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c:dix® Chinrest Guarneri, Carbon

 また、金属を土台にして革を貼ってあるものや、

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Wolf Chinrest Maestro

 角度を調節出来る顎当てなどもあります。

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SAS CHIN REST

 このように、顎当ても他のフィッティッグパーツと同様に様々なメーカーが伝統的なものから工夫を凝らしたものまでを販売しています。

 顎当てはテールピース左側の横板に金具を取り付けるタイプより、テールピースをまたぐタイプのほうが音の損失が少ないとよく言われますが、楽器によっては大差ない場合も多く、気にしすぎるのはよくありません。

 それよりは、うまく保持出来ないものでは良い演奏が出来ませんから、楽器をより良く保持出来る、自分の体(顎)に合うものを選ぶほうが良いと思います。

 また、金属アレルギーのある方用に、金具がプラスチックのものやアレルギー反応が低いチタン製のものも売られていますし、最近は顎当てカバーも売られています。

 顎当ては「音」より「機能性」で選ぶのが良いと思います。

 顎当ては金具を緩めたり締めたりして取り替えるだけなので、器用な人なら簡単に交換可能ですが、横板を傷つけやすいですし、緩く取り付けてしまうと外れて楽器が落下してしまうので気をつけてください。また逆に金具をきつく締めすぎると楽器を壊したりします

 心配な方はやはり専門店に行って交換してくださいね。