顎当てのお話の時にバロック時代は顎当てが無いどころか構え方が違うことをお話しました。
そこで、今回から楽器の演奏スタイルについて考えてみたいと思います。
まずはバイオリンが誕生したバロック時代から始めようと思いますが、楽器の構え方の前に当時の楽器であるバロックバイオリンをおさらいしたいと思います。
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一般的に現在使用されているバイオリンは「モダンバイオリン」と呼ばれ、バイオリンが生まれたばかりの頃であるバロック時代の時とは上図のような違いがあります。
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バロックバイオリン Masahiro IKEJIRI 2017
そして、演奏する時に特に大きく異なるのは「顎当て」が無いことです。
じゃあ、どこに顎を載せていたのか?
当時は写真がありませんので、絵画で検証してみます。
Orazio gentileschi "santa cecilia" 1612
Hendrick de Clerck "Kontes Apollo vs Pan" circa 1620
Pietro Paolini "Young Man Playing a Viola" circa 1620
Gerrit van Honthorst "A merry group behind a balustrade with a violin and a lute player" 1623
Dirck van Baburen "Concert" 1623
Hendrick ter Brugghen "ter Brugghen Sänger mit Saiteninstrument anagoria" 1625
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Gioacchino Assereto "San Francesco d'Assisi" 1628
Frans Hals "Violin player in a dune landscape" circa 1630
Judith Leyster "Merry Company" 1630
Jacob van Velsen "A Musical Party" 1631
Cornelis Saftleven "Two Musicians" 1633
Jan Miense Molenaer "Selbstporträt mit Familie" 1635-6
Anton Domenico Gabbiani "Portrait of Three Musicians of the Medici Court" 1637
Dirck Hals "Elegant Company In An Interior" 1639
Benjamin Gerritsz Cuyp "Bauern im Wirtshaus" circa 1640
Jan van Bijlert "The Concert" circa 1640
Peter Paul Rubens "Sitting man playing the violin" 1600-40
Frans Francken the Younger (1581-1642) "Death playing the violin"
Aelbert Jansz. van der Schoor "Esther and Mordecai" 1643
Bernardo Cavallino "Saint Cecilia" circa 1645
Bartolomé Esteban Murillo "Murillo Éxtasis de San Francisco de Asís" 1645-6
Simone Cantarini (1612-1648) "Saint Cecilia"
Stefano Della Bella "Various Figures and Landscapes A Violin Player" 1649
Jan Steen "The Young Violin Player" 1650
Gonzales Coquesca ”The Five Senses" 1650
Giovanni Martinelli "Youth with Violin" circa 1640-1650
顎を乗せているような絵もあるにはありますが、多くが首か胸、特に胸に楽器を当てて演奏していますね。
ということは当時の演奏スタイルでは楽器を胸元(か首元)に当てて(乗せて)演奏するのが当たり前で、顎を乗せる必要がなかったので、顎当てが無かったということになります。
顎を乗せていないということは、楽器を挟んで保持していなかったということでもあります。
ちなみに、いずれの絵も17世紀初頭、クレモナではジローラモが亡くなってニコロがアマティ一族の家業を継いだ頃になります。
さて、ここで何が問題かと言うと、この構え方では弦を押さえる左手を自由に動かすことが難しいことです。
現代は顎と肩で楽器本体を挟んで保持することによって、弦を押さえる左手を自由に動かせる構え方をしています。さらに肩当ても使用すればより強い保持を可能とし、左手が楽器に触れていなくても楽器が落ちることはありません。
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現代の演奏スタイル
しかし17世紀の楽器を挟まないで構える方法では、胸や首元で楽器は保持されないため左手で楽器を保持しながら弦を押さえないと楽器が落ちてしまいます。
ファーストポジション(低音側)からハイポジション(高音側)への移動は体に楽器を押し付けながら出来るので問題は無いのですが、ハイポジションからファーストポジションへの移動では左手で楽器を保持しながらでないと楽器が体から外れて落ちてしまいます。
それなら、「当時は左手で楽器を保持するために、ポジション移動をしなくても演奏できる曲ばかりなのでは?」という仮説が思い浮かびます。
そこで、その時代に活躍していた作曲家兼バイオリニストであるアントニオ・ベルターリ(Antonio Bertali, 1605-1669)の楽曲を見てみます。
Antonio Bertali, 1605-1669
彼の書いた「ヴァイオリンと通奏低音のための《チャコーナ ハ長調》 Ciaconna in C-Dur」という曲はほとんどがファーストポジションで演奏できますが、後半の部分で第4ポジションあたりからファーストポジションまで戻らないといけない箇所が出てきます。
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Antonio Bertali, Ciaconna in C-Dur
152の所は確実に高音側から低音側にポジション移動をしないと弾けない
以下の動画では当時の様子を復元して演奏していますが、それでもポジション移動はバイオリンのテールピースあたりを首で挟んでいます。(8分あたり)
首で楽器を挟む現代の構え方なら左手で楽器を保持しなくてもハイポジションからファーストポジションへ動かすのはなんてことはないです。しかし、胸の前に楽器を構える奏法では顎でも挟めませんから、楽器が体から離れて落ちそうになって演奏どころではありません。
当時はこの曲を演奏する時だけ首で挟んだのでしょうか?
首元で構える奏法では上の動画のようにその時だけ顎で楽器を挟むことで演奏が可能となりますが、もし胸の前に構える奏法でポジション移動を行える方法があったのなら、顎当てで楽器を挟む現代の奏法に変わっていく中で失われたことになります。
ベルターリから50年ほど時代は下って、1711年にアントニオ・ヴィヴァルディは「調和の霊感」を出版しますが、このときにはよりポジション移動が必要になってきます。
ではバイオリンの演奏法はどうなっていったのか、次回に続きます。
出展・参考文献
Wikipedia
Florida State University Libraries Pepina Dell'Olio著
「Violin Bow Construction and Its Influence on Bowing Technique in the Eighteenth and Nineteenth Centuries」