チェロはその語源からして中途半端な大きさの楽器です。
チェロ(Cello)は英語ですが、その語源であるイタリア語で「Violoncello」と書きます。
さらに、その語源は弦楽器という意味の「Viola」に「大きい」という接尾語「-one」をつけたバス担当の楽器「Violone」(大きいViola)に、さらに「小さな部屋」という意味の言葉「cella」をつけて「Violoncello」(小さいViolone)となります。
つまり、Violoncelloとは「大きくて小さいViola」なのです。
その昔、チェロは大きすぎず小さすぎない大きさのせいで、実に演奏しにくい楽器でした。
「何を言っとるのだ」
と思われるでしょう。
そりゃそうです、現在は演奏しにくい楽器ではありませんから。
ですが、誕生した頃は今のような伸びるエンドピンはまだ発明されていなかったため、演奏するときは床に置いたり、椅子などに乗せたり、足で本体を挟んで演奏しないといけませんでした。
Dirck Hals (1591-1656)
コントラバスは人間と同じくらいの背丈がありますから、床に置いて演奏するのは自然なことですが、チェロはさすがに床に置いて演奏するには低すぎる気がするのは私だけでしょうか?
床に置いて演奏する場合はハイポジションを押さえにくいですよね。
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歌のレッスン:Jan Jozef Horemans II c. 1750
床に置くのは低すぎると思っている人は台に乗せたりしたでしょう。
でもいちいち持ち歩くのはなかなか大変です。持ち歩かない場合、演奏するところに台があればいいですが、無い時は仕方がないので床に置いて演奏するんでしょうか。
Earl CowperとCharles Goreの家族:Johann Zoffany c.1770
Luigi Boccherini (1743-1805) の肖像:Pompeo Batoni (1708-1787)
足で挟むのもそれなりにコツがいります。現在の古楽奏者は足で挟むこの演奏スタイルを復元して行っています。実はこれはこれで曲の表情に合わせて楽器の角度を変えられるので、表情豊かに演奏できるそうです。
じゃあそのままでも良かったのではないかとも思いますが、そうならなかったのはやはり演奏しづらかったからでしょう。
(ホールなど、演奏する場所が広くなっていったことも要因ではあるでしょう)
ただし、当時チェロのすべてがバイオリンのようなエンドボタンのみだったわけではなく、1614年に出版された Syntagma musicum には長いエンドピンが付いている楽器の図が載っています。
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Syntagma musicumの挿絵
「6 Bas-Geige de bracio」と書かれた一番大きな楽器にはエンドピンがある
おそらくこの図に載っている楽器のエンドピンは固定されていて抜くことは出来ないものだったと思われますが、すでに15世紀頃にはエンドピンというアイデアはあったようです。
その後、エンドボタンに穴を開けて棒を差し込むエンドピンが発明されました。
ただし、この当時は長さを調整できるものではなく、ただ棒を差し込むだけだったようです。
長さは演奏家の好みに合わせて作られたことでしょう。
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General View of the Violoncello:Carl Schroeder
現在のような長さの調節と出し入れの出来る金属製のエンドピンは19世紀後半にパリ音楽院の教授だったフランソワ・セルヴェ(Adrien-François Servais 1807–1866)が紹介したのがきっかけで世に広まったと言われています。
Adrien-François Servais 1807–1866
しかし、その後も差し込み式を使用する演奏家も多く、スペインのチェリストであるパブロ・カザルス(Pablo Casals 1876 – 1973)は差し込み式のエンドピンを愛用していました。
この様にチェロのエンドピンは進化を遂げてきました。
そして、今でも進化し続けています。
現在の一般的なエンドピンは以下のようなもので、ネジで棒を止めることによって出し入れ出来るようにしています。
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c:dix® Cello Endpin Uni, Ebony Cone Ø 25 mm
このタイプはエンドピンを差し込む「ソケット」と呼ばれる部分と、棒である「エンドピン」が楽器の振動によってぶつかって雑音を出してしまうことがあり、雑音を無くした上で、より確実にエンドピンを傷つけることなく固定できるように改良しているものがあります。
Herdim® AX-Lock Cello Endpin Carbon, Nylon Cone Ø 25 mm
また、エンドピンを長めに出して使用すると、楽器の角度が水平に近くなり、エンドピンの先がしっかり床に刺さらずに滑ってしまうことがあります。
そのため、エンドピンが床に対して垂直に近くなるように改良しているものもあります。
ULSA CELLO END PIN STANDARD
STAHLHAMMER CELLO END PIN CARBON FIBER
フランスのチェリスト、ポール・トルトゥリエ(Paul Tortelier 1914–1990)がこのタイプのエンドピンを発明したと言われています。
他にも、このタイプのエンドピンを使用していた演奏家として、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Мстисла́в Леопо́льдович Ростропо́вич 1927—2007)も有名です。
Cellist Mstislav Rostropovich and conductor Toyama Yuzo
さらに、先っぽだけ刺さる角度を変えているものもあります。
GEWA CELLO END PIN TIP
Alberti Cello Endpins
ここまではエンドピンとソケットの構造を改良して来ましたが、それは使い勝手を良くするためでした。
近年はチェロの音色を変える目的で様々な材質のエンドピンが発売されています。
どう変えるかと言うと、簡単に言って「重さ」です。
重い素材で作られたエンドピンははっきりとした発音の芯のある音になる傾向にあります。
軽い素材で作られたエンドピンは優しい音になる傾向にあります。
ただしこれはあくまで傾向であり、重さだけでなくしなやかさによっても発音は変わります。
最も体感できるのは重い素材であるタングステン製のエンドピンに交換した時だと思います。
私も体験したことがありますが、それはもうはっきりとした発音で、音量も大きくなってびっくりしたことがあります。ソリストにはうってつけだなと思いました。
ただ、タングステンのエンドピンは結構値が張ります。
他にも、チタンや真鍮、カーボンファイバーなどもあり、その上芯材と周辺の材料を変えたりしているものもあり、現在ではバリエーションも豊富にあります。
このように、エンドピンは棒がなかったところから、ただの棒ではなく様々な材質のもので音の調整もできるように進化しました。
チェロの音色に悩んでいる方は一度試してみるのも良いかも知れません。しかし、全体的に高価なために個人で気軽に試すのはなかなか出来ないでしょう。試奏用に取り揃えているお店もあるみたいですので、まずはそんなお店を探してみてはどうでしょうか。
また、エンドピンはすべて同じ様に見えても棒の直径が違うものがありますので、自分の楽器についているソケットの穴の直径に合わないために、変えられるものは限られてくることもありますので注意して下さい。
その場合はソケットの交換をしたくなるかも知れませんが、ソケットの交換は素人が行うと楽器の状態を悪化させてしまいますので、必ず技術者に行ってもらうようにしましょう。
出典・参考文献
Wikipedia
Dirck Hals https://it.wikipedia.org/wiki/Dirck_Hals
Charles Gore (artist) https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Gore_(artist)
Luigi Boccherini https://it.wikipedia.org/wiki/Luigi_Boccherini
Adrien-François Servais https://en.wikipedia.org/wiki/Adrien-Fran%C3%A7ois_Servais
Pablo Casals https://en.wikipedia.org/wiki/Pablo_Casals
Mstislav Rostropovich https://en.wikipedia.org/wiki/Mstislav_Rostropovich
DICTUM https://www.dictum.com/en/
GEWA https://gb.gewamusic.com/
ALBERTI DESIGN https://violintools.com/
Michael Praetorius 著:「Syntagma musicum」
William Braun 著:University of Nebraska-Lincoln「The Evolution of the Cello Endpin and Its Effect on Technique and Repertoire」