バイオリンは16世紀に誕生して現代に至るまで、いくらかの改造を経てきたことを「バイオリンの改良と発達」でお話しました。
その改造は音楽シーンの変遷に合わせて変わっていったわけですが、そうやって変わってきた現代では、楽器や演奏技法などの変化によって当時の作曲者が求めていた音楽表現が失われていったものもあるはずです。
そこで19世紀の末から「古楽復興運動」と呼ばれる、ルネサンスやバロック時代当時の楽器の復元や演奏方法を再現することによって、作曲者が求めた音楽を蘇らせる活動がおこりました。
はじめは細々とした活動だったものでしたが、1970年代に世界的に流行し、現在では演奏家人工もかなり増えました。
古楽で使われる楽器は各時代で使われていた楽器を復元したものやそのままで保存されて来たものを使います。それらは「ピリオド楽器」と呼ばれ、その中でも特にバロック時代のバイオリンは「バロックバイオリン」と呼ばれます。
私はアマティやストラディバリ、グァルネリといった昔の製作者がどのように製作していたかを知るためにも、いくつかバロックバイオリンを製作してきました。
しかし、製作者の観点からするとどうしても製作方法に目が行きがちで、弦も裸のガット弦であれば何でも良いと思っていましたし、楽弓もバロックボウと呼ばれるものなら何でも良いと思っていましたが、よく時代考証をしていけばそうでもないようなのです。
ということで、私は製作家なので演奏技法などは演奏家の方々に譲るとして、時代や場所による楽器の構造や楽弓の違い、弦などについてをより詳しく時代考証をして行きたいと思います。
まずは一般的に言われるバロックバイオリンについておさらいしてみましょう。
バロックバイオリンとモダンバイオリンの違い
・ネックが短くてまっすぐに取り付けてある、その上釘で固定してある
・指板は軽くするため2種類以上の板を合わせて作られ、短く、傾斜を大きくしてある
・バスバー(表板の内側にある梁のようなもの)が短く、低い
・ナットとサドルが低く、サドルは現代のものと違い、縁と同じ高さで低く作られている
・駒、テールピースなどの使われている部品のデザインが違い、顎当てがない
・弦が裸のガット弦で尾止めも裸のガット紐
・使用される弓が武器の弓のようにスティックが膨らむように曲げて使うもの
バスバーは本来4番線の下にありますが、図はわかりやすくしてあります。
ネックが短くてまっすぐに取り付けてある、その上釘で固定してある
バロックとモダンでは特にネックが大きく違いますが、このことによって製作順序や方法が変わります。
このことは「クレモナの伝統的な工法」の中で説明しました。
もう一回確認しましょう。
釘で取り付ける場合は、本体が箱になってしまっていては不可能ですので、バロックバイオリンを作る時は、横板にネックを取り付けてから響板(表板・裏板)を接着して箱にします。
それに反して、モダンバイオリンは、横板と響板を接着して箱を作ってからネックの取り付け部分に溝を掘って、そこにネックを差し込みます。
現代のモダンバイオリンを作る時、ネックが楽器の中心に向かっていて、角度が表板に立てた駒に合わせる様に取り付けるには、箱になってから取り付けたほうが断然簡単なので、そのように製作します。しかし、ストラディバリたちはそうしていませんでしたので、当時の楽器を復元するなら、工法も当時と同じやり方を行います。
Antonio Stradivari 1714 "Soil" のオリジナルネック、根元に釘が刺さっていた跡がある
THE "SECRET" OF STRADIVARI P.102 Fig. 93,
指板は軽くするため2種類以上の板を合わせて作られ、短く、傾斜を大きくしてある
モダンバイオリンの指板によく使用される黒檀は、最も硬い木のひとつなので、弦を押さえつける時に削られにくく指板が長持ちします。しかし、水に沈む重い木でもあります。
バロックバイオリンは黒檀の薄い板をスプルスという軽い木に張り付けて作ることで軽量にしています。バロックバイオリンの演奏スタイルは顎で強く挟まないので、指板を軽くしないと演奏しにくくなるためです。
バロックバイオリンの指板:表側と裏側の材料が違う。
なお、バロックバイオリンは柔らかい裸のガット弦を使用するため、黒檀だけでなくカエデなどのそのほかのそれなりに硬い材料でも作られる場合があります。
また、ネックが本体に真っ直ぐつけられているため、指板に大きく傾斜をつけて作ることによって、駒を高く作れるようになっています。
上がバロックバイオリン、下がモダンバイオリン
モダンバイオリンの指板は無垢の黒檀で作られます。モダンバイオリンは顎当てを取り付けることによって顎で挟んで演奏することにより楽器の保持が強く行えるため、指板が重くなっても問題ありません。
モダンバイオリンの指板:裏側をノミやカンナで削っているところ
バスバー(表板の内側にある梁のようなもの)が短く、低い
バロックバイオリンはネックが短い分、弦長が短くなり弦の張力が小さくなるのでバスバーの耐える力が小さくても大丈夫ですが、モダンバイオリンはネックが長くなった分、弦長が長くなり弦の張力が大きくなったのでバスバーを高く長くしないと楽器が耐えられなくなりました。
バロックバイオリンのバスバー
ナットとサドルが低く、サドルは現代のものと違い縁と同じ高さで低く作られている
ナットはペグ(糸巻き)から指板の間にある、弦が乗っている部品で、サドルは尾止めが乗っている部品です。
バロックバイオリンはこの部品が象牙で出来ているものもありましたが、現在では象牙は手に入りにくいので牛骨で代用しています。黒檀で作る場合もあります。
バロックバイオリン
モダンバイオリン
また、良く言われる響板の膨らみの違いについてですが、実際には膨らみの大きいシュタイナーの楽器がその時代に流行っていたというだけで、演奏家によってはストラディバリウスなどの比較的膨らみが少ない楽器を使用していました。
それに、ストラディバリの作った楽器は1000挺ほどあったそうですし、スペイン王フェリペ2世やトスカーナ大公コジモ3世などの貴族にも納品していますから、決して少数派でもありません。
バロック時代にアマティやストラディバリの楽器を使用していた人もいれば、シュタイナーの楽器を使用していた人もいたので、「響板が大きく膨らんでいないとバロックバイオリンと呼べない」わけではありません。
基本的には製作段階での違いはこのようになっています。
そして、バロック時代の中ではこれらの違いはほぼ無かったと考えられます。
それはネックの角度や長さの変更が古典派の時代より始まったからなのですが、それでも時代や地域、演奏家によってばらつきがあったようです。
実際にパガニーニの使用していた楽器はバロックのものに近く、顎当ても使用していなかったと言われています。
ですので、古典派・ロマン派あたりのピリオド楽器については、時代だけでなく場所や演奏者の好みも考慮する必要があり、時代考証はより難航するかもしれません。
今回はバロックについて焦点を当てて行きたいと思いますので、他の時代のピリオド楽器についてはまたの機会にしたいと思います。
駒・弦・楽弓については次回以降に考察していきます。
出展・参考文献
Eric Blot Edizioni Simone Fernando Sacconi著 「THE "SECRET" OF STRADIVARI」