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クレモナの伝統的な工法②

ネックの仕込み

 前回内型と外型の話をしました。そして最後にストラディバリと完全に同じ工法は不可能だともお話しました。

 それはなぜか?

 簡単に言えば、ストラディバリが作っていたバイオリンと現代で一般的に作られているバイオリンが違う楽器だからです。

 「いやいや、ストラディバリが作った楽器は今でも使われているよ?」

 そうです、オークションで数億円の値段がつけられているストラディバリの作った楽器を、トップバイオリニスト達がこぞって用いています。ですが、これらは19世紀以降に改造された楽器なのです。

 これは以前お話した、「バイオリンの改良と発達」で、バロックバイオリンとモダンバイオリンの違いと改良のことを詳しく説明しています。

 もう一度あの時の図を見てみると、

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 こんな感じ。

 いろいろ違いますが、どうやっても作る時に同じ様に出来ない部分が一つあります。

 それは

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 ネックです。(ネックがネックになります。・・・いや、ダジャレですが冗談ではなく。)

 「でもバスバーも指板も違うよ? バスバーは? 指板は?」

 バスバーは長さと高さが違うだけなので大きさを変えればいいだけです。工法は変わりません

 指板は・・・確かに指板の作り方や材料は違うので、厳密に言えばここも含まれますが、ストラディバリと同じ工法で、形は違いますがモダン用に指板を作ることも可能です。(重さの違いや耐久性の低さなどの理由で一般的にはやりません・・・が、昔スズキでバロックの指板と同じ工法の黒檀張り合わせの楽器がありました。今もある?)

 また、バイオリンの中で指板は消耗部品扱いで、交換されることが前提で作られています。極端に言えば弦やペグ、テールピース、駒などと同じ扱いになります。その見方からすると、指板は違ってもOKですよね。

 ですが、ネックを釘で内側から打つのはどうあってもモダンバイオリンでは行いません。

 なぜでしょう?

 それは、楽器の耐久性に問題が出るからです。

 技術的に見れば、指板と同様、ネックもストラディバリと全く同じ工法でモダン仕様のものが作れます。しかし、これも指板同様、楽器の耐久性が落ちるためにやりません。

 いや、どうしてもやってくださいという依頼があればやらないこともありませんが、数十年後には修復する必要が出てきます。逆を言えば、現代の工法できちんと作っていれば、ネックの仕込み部分の修復は100年以上必要ありません。

 実際に100年以上経った楽器でネックの仕込み部分がオリジナルのまま修復されていない楽器はたくさんあります。(きちんと作られていない安価な楽器は、数年後になおさないといけない場合が多々ありますが・・・)

 さて、ところで釘を「打つ」・「打たない」で、なんで工法まで違ってくるのでしょうか?

 それは、ネックを取り付ける順序が全く変わってくるからです。

 簡単なことです。釘で取り付ける場合は、本体が箱になってしまっていては不可能ですよね?(閉じられている箱の中から外に向かって釘を打つことは不可能です。だって金槌も手も入らないのですから。釘はf孔から入れられるでしょうが・・・)

 つまり、バロックバイオリンを作る時は、横板にネックを取り付けてから響板(表板・裏板)を接着して箱にします。 

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 それに反して、モダンバイオリンは、横板と響板を接着して箱を作ってからネックの取り付け部分に溝を掘って、そこにネックを差し込みます。

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 「いや、箱にする前に横板にネックを取り付けることは出来るだろう?」

 確かに出来ます。ですが、面倒な上に精度も落ちるだけでデメリットしかありません

 バロックバイオリンにしろ、モダンバイオリンにしろ、どちらもバイオリン族の前提として、ネックは必ず楽器の中心に向かって取り付けていないといけません。もしそうしなかったら、指板の上から外れたところに弦が並ぶか、駒がかたよった場所に立つようになります。

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ネックが斜めになっている大袈裟な例(右2つ)

 また、ネックの取り付け角度は表板に立てた駒の高さに合わせないといけません。

 ちなみに、バロックバイオリンの場合まっすぐ取り付けてあります。なぜなら、駒の立つ高さに合わせる役目は指板が行っていましたから、ネックの取り付けは本体の中心にむかっているかどうかだけ見ればよかったのです。

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ネックの取り付け角度

 楽器の中心に向かっていて、角度が表板に立てた駒に合わせる様にネックを取り付けるには、箱になってから取り付けたほうが断然簡単なのです。なぜなら、溝を刻む量によってそれぞれ微調整できるのと、実際に駒を表板に立てて高さや左右のズレを確認できるからです。

 箱にする前だと、響板を接着する時にネックの向きが中心からずれる可能性があり、表板がないので駒の立つ高さは想定される高さを想像して、測りながら行うしかありません。

 それらがうまく行かなかった場合は、響板を剥がしてやり直さないといけなくなります。

 「じゃあ、バロックバイオリンも溝を刻んではめ込めばよかったのに。」

 確かにね。私もそう思います。

 が、過去に行われた事に関してはどうすることも出来ません。ストラディバリはそうしなかったのですから。

 「なんでそれがわかるのか?」ですって?

 それは実際に釘が打たれている楽器が残っていることや、改造した人たちの文献が残っているからです。

 実際に現代でバロックバイオリンを復元している人の中には、ネックを釘で止めるのではなく、溝を刻んで取り付けている人もいます(本体に真っ直ぐなところやネックの長さなどはバロックに合わせています)。

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 どうでしたか?

 モダンバイオリンをストラディバリと同じ工法で作るのは不可能なのがわかって頂けましたか?

 でも今までの話からすると、バロックバイオリンを作る場合は可能です。

 ただし、ストラディバリを含め、当時の製作者が作り方の詳しい文献を残していないので、あくまで楽器や残された工具からの推測された工法になりますが。

 ストラディバリが行っていた工法はS・サッコーニ(Simone Fernando Sacconi 1895 – 1974)という方が、クレモナに寄贈された工具やテンプレート等とストラディバリの作った楽器を、彼の弟子に当たるF・ビッソロッティ(Francesco Bissolotti 1929-)と共に研究して、「THE "SECRET" OF STRADIVARI」という本にまとめました。

 その内容からすると、ストラディバリが行った工法は内型で作るだけではなく、「Cassa Chiusa」で行っていました。

 ではその工法とは?

 次回は「Cassa Chiusa」の詳しい説明をすることにします。

 参考文献

 Eric Blot Edizioni Simone Fernando Sacconi著 「THE "SECRET" OF STRADIVARI」