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バイオリンの銘木たち

 バイオリンに使われる木材は消耗部分を含めると、スプルス・メイプルだけではなく多くの種類があります。

 特に目立つのは真ん中にある真っ黒な部分、指板に使われている黒檀ですね。

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カキノキ科カキノキ属の熱帯性常緑高木の数種の総称。 インドやスリランカなどの南アジアからアフリカに広く分布している。 木材は古代から世界各国で家具や、弦楽器などに使用され、セイロン・エボニーは唐木のひとつで、代表的な銘木である。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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セイロン・エボニーの林

 黒檀は産地と品種によって真っ黒ではなく縞が入っているものなどもあります。その中でも特にバイオリンには真っ黒なセイロンエボニーが好んで使用されます。

 アフリカ以外の地域のものは植林などが昔からされているので大丈夫なのですが、アフリカンエボニーは現地のギャングなどによって乱伐されて絶滅の危機に瀕していることから、ワシントン条約の附属書IIに登録されています。

 この事は以前「楽弓の貴重な材料②」で詳しくお話しました。

 黒檀は指板だけでなくペグやテールピース、顎当てなどのフィッティングパーツにも使用される木材で、黒檀の持つ「硬い」という性質のためにそれらの部分に使用されます。

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黒檀で出来たフィッティングパーツ

 前回、「重い木材として代表的な、バイオリンの指板にも使われる「黒檀」は気乾比重が0.85~1.09ですから、密度の濃い黒檀は水に沈みます。(気乾比重1が水と同じ重さ)」とちょっと紹介しましたが、木材では密度が濃い(重い)とその分硬くなる事が多いです。

 ですが、それでも木材ですからカンナやノミで削って形を作ることが出来ます。

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指板の裏側をノミとカンナで削って形を作っているところ

 指板は指で弦を押し付けられるので、柔らかいとすぐに摩耗して交換する必要があります。

 最も硬い木材のうちの一つであり、手に入れやすい黒檀が指板には最適なのです。

 バロック時代はバイオリンの重量を軽くするためと柔らかく軽い音色にするために表面だけ黒檀の薄い板を貼り付けた指板が使われていましたが、19世紀のモダンフィッティングへの改良の時に指板は黒檀の無垢材になりました。

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バロックバイオリン用指板の製作風景

土台のスプルスに薄い黒檀の板を貼り付けてある。

 これは顎当ての登場で楽器の保持がしっかり出来るようになったことと、芯のある輝かしい音を出すために楽器の重量をある程度増す必要があったのだと思います。

 他にも重くて硬い黒檀同様の木材がありますが、流通などの面もあり、現状では指板材には黒檀が一番良いでしょう。

 実は一時期日本ではローズウッド(紫檀)が黒檀よりも手に入れやすかった時期があり、廉価な楽器の指板にローズウッドが使われていたこともありました。

ツルサイカチ属の植物に冠される総称。これらの木材は一般的に茶や赤茶の色をしている。日本では紫檀(シタン)とも呼ばれている。 ローズウッドは重硬で、ヤニを多く含むため耐虫害性や耐候性があり腐敗せず長持ちすることから、古代から世界各国で家具や仏壇、唐木細工、楽器、ナイフの柄、ビリヤードのキュー、チェスの駒(黒いもの)などに使用されている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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イースト・インディアン・ローズウッド(マルバシタン)

 ローズウッドは黒檀の代替で使用されることからもわかるように、重く・硬い材料で、気乾比重も 1.04と黒檀に近いです。

 ところが、このローズウッドはアフリカンエボニーと同様に武装ギャングによる違法伐採が盛んになったため、ツルサイカチ属の種全体がワシントン条約の附属書IIに登録されてしまいました。

 そのため流通量の減少と価格の上昇が起こり、現在では入手しにくい木材となっています。

 指板には使われなくなりましたが、現在でもフィッティングパーツには使用されています。

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ローズウッドで出来たフィッティングパーツ

 美しい木目が特徴的で、フィッティングパーツでは人気が高い材料のひとつです。

 ちなみにローズウッドの「ローズ」は文字通りバラのことで、新鮮なローズウッドはバラの様な香りがすることからこの名がつけられています。

 フィッティングパーツではこの他にボックスウッドで作られているものも多いです。

ツゲ科ツゲ属の常緑性低木。庭木や街路樹としてよく用いられる。ボックスウッドとして知られている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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セイヨウツゲ:バトゥミ植物園

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ボックスウッドで出来たフィッティングパーツ

 この写真を見ると結構茶色い木材のように見えますが、ボックスウッドの木肌はもっと白く、写真のようなフィッティングパーツは硝酸とアンモニアで表面を焼いて、色をつけています。

 そのため、ペグを楽器に合わせるために削ると、白い木肌が出て来てしまいます。

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上が削っていないもの、下が削ったもの

 そのため、ボックスウッドのペグは楽器にフィッティングを行った後に、削った所を焼いて色をつけないといけません。

 セイヨウツゲは日本原産のツゲ(黄楊・柘植)とほぼ同じ性質で、気乾比重は0.75とエボニーやローズウッドと比べると若干軽く、柔らかいですが、木目が細かく緻密で道管が均一に分布するため加工後の狂いが生じにくいので、日本では昔から櫛や印鑑、将棋の駒などの細かい細工が必要なものに用いられてきました。

 そして、成長が遅いのであまり大きな原木が入手しにくく、高級木材の一つでもあります。

 ただし、決してフィッティングパーツの中で極端に高級なわけではありません。エボニーやローズウッドよりも柔らかいために楽器の負担や摩耗が少ないので、ボックスウッドは高級なオールド楽器によく用いられているだけです。

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A. Stradivari 1721”Lady Blunt"

彫刻が施されたボックスウッドのフィッティングパーツが使用されている

 どちらかと言うと、フィッティングパーツの価格差はフィッティングパーツメーカーによって大きく違います。

 TEMPELやGERALD CROWSON、Guardelliなどの老舗メーカーのものが高価なのは、加工技術が高いだけでなく、原木の品質も高いものを使用しているからです。

 しかし、近年はインド産や中国産でも技術が向上してきた上に、原木が国内で手に入れられるので仕入れも安く簡単に出来るので、性能に関しては大きい差がなくなってきている上に、安く品質の良いフィッティングパーツが作られるようになっています。

 ただし、気をつけていただきたいのは、楽器に高価なフィッティングパーツが使用されていたとしても、基本的に楽器の価格には関係ありません。

 良心的な販売店は高価なフィッティングパーツをセッティングすることで楽器の価格を釣り上げるようなことはしませんし、性能が同様で品質が良ければインド産や中国産も使用します。

 ストラディバリウスでもエボニーのフィッティングパーツを使用しているものがあります。

 「オールドの楽器と同じボックスウッドのフィッティングパーツを使っているから楽器も高価」というわけではありませんし、「高価な楽器だから高価なフィッティングパーツを使用している」わけでもありませんからね。

 楽器に使用される様々な木材を見てきました。

 この他にも、弓に使用するフェルナンブーコやスネークウッドなどもフィッティングパーツに使用されたりしますし、近年ではカリンなども用いられるようになりました。また、バロック時代はメイプルもフィッティングパーツに使用していました(現在もあります)から、フィッティングパーツにはそこそこ硬ければどんな木材を使用しても良いとも言えます。

 ※ただし、狂いや吸湿性・膨張性・摩耗性によっては向かない木材もあると思います。

 数十年前からプラスチックのフィッティングパーツが安い楽器に使用されてきましたが、近年は高級なカーボンファイバーの弓や顎当て、テールピース、さらには楽器本体もカーボンファイバーのものが登場してきましたから、今後は木材以外のものが積極的に使用されていく時代になって行くのかもしれませんね。