前回、フィッティングパーツに使われる材料のお話をしましたが、ペグとかテールピースとか、バイオリンを演奏出来る様にするために必要なパーツたちを総称してフィッテイングパーツと言います。
現在の製作家(メーカー)はこれらフィッティングパーツは専門メーカーが作ったほぼ出来上がったものを購入し、加工して楽器に組み付けている場合がほとんどです。
しかし、これは近年の事で、18世紀頃までは製作者がフィッティングパーツなども製作している事のほうが多かったようです。
厳密には製作者の弟子たちが作っていた事のほうが多かったのでしょうが、ともかくその製作工房で弓やケースまで含めたすべてのものを製作していたようです。
なぜこんなことがわかるかというと、ストラディバリが使用していた工具などの遺品に彼の工房で作っていた楽器にまつわるものの未完成品やテンプレートも多数残っているからです。
左側の3つはつまみのところを平らにしていない製作途中のものだということがわかる。
テールピースのテンプレート
駒のテンプレート
ケースの金具用テンプレート
弓のヘッド部のテンプレート
ともかく、それぞれの工房で製作していた各パーツは20世紀初頭には専門メーカーが現れて、それらを使うことが当たり前となり、種類や素材で様々なものを今日は使用しています。
ということで、ここからは各パーツについて説明していこうと思います。
まずはペグです。
ペグは弦を巻きつけて弦の張力を変化させることによって調弦する部品で、大きく分けて手で動かすツマミ部分と、弦を巻きつける部分があります。
そして、楽器に組み付けるときには弦を巻きつける部分を削って太さを楽器の穴に合わせ、ペグボックスから余分に飛び出した部分は切り取る必要があります。
そのため、自分の楽器のペグを交換したいからといって新品のペグを購入しても、そのままでは取り付けることすら出来ません。
その上、ペグを組み付ける時にはペグシェーパーという専用の工具が必要となりますので、木工作業に自信があるだけでは出来ません。
ペグシェーパー
ペグの弦を巻きつける部分はすべてが同じ直径の棒ではなく、少しづつ先細りになる様に作ってあります。(これを「テーパー」をつけると言います)
大体10mmの直径が100mm先で7mmになるくらいの僅かな変化を均一につけてあり、そのおかげでペグを押し込むとペグが楽器の穴を押し広げるような力がかかり、摩擦でペグが動かなくなるように出来ています。
テーパーのイメージ
皆さんもペグが止まらないときは押し込んでいますよね?
押し込んで止まるのはペグとペグ穴にテーパーがついているからなのです。
この部分は厳密にペグ穴と弦を巻きつける部分が同じテーパーになるように削らないといけないため、ペグシェーパーといった専用の工具が必要ですし、その工具の仕立ても厳密に行っていないときちんと「回り・止まる」ペグにはなりません。
ちょっと想像していただいたらわかるのですが、ペグがよく回るけれども止まらない、あるいはよく止まるけれども回らないといった場合は調弦が出来ません。
ペグが「トゥルン!」と空回りして弦が緩んでイライラした経験はありませんか?
調弦が出来ないということはきちんと演奏が出来ないという事でもあります。
ペグが「回る」と「止まる」は相反するものなのですが、そこをうまく両立するように組付け・調整することを製作家や修理人は心がけています。
余談ですが、ペグを均一なテーパーで削る「ペグシェーパー」という工具が必要なように、穴を均一なテーパーがつくように削る「ペグリーマー」と呼ばれる工具もあります。
ペグリーマー
この工具を見ると、先が細くなるように作られているのがわかります。
ペグはこのテーパーに合わせて組み付ける必要があるのです。
さて、このペグは長年使用しているとうまく合わなくなって止まりにくくなったり、回りにくくなってくることがあります。それは材料が木材である以上、弦の張力や穴との摩耗によって弦を巻きつける部分または穴が変形し、ペグ穴とペグのテーパーが合わなくなってしまうためです。
そんなときにどうするかと言うと、実はきちんとなおすにはペグの交換以外には無いのです。
「そんなんペグを削ったり穴を削ったりすればええやんけ!」
と思われるでしょ?
でも少しの変形、本当に本当のちょっとの変形ならなんとか削ってなおすことも出来ますが、ほとんどの事例ではまず無理です。
それはなぜかと言うと、簡単に言えばペグの長さが足らなくなってしまうからなのです。
ペグのテーパーは10mmの直径が100mm先で7mmになるくらいの僅かな変化です。この僅かな変化のために、わずかに削ってもペグが穴に合う位置が大きく変わってしまうのです。
どれぐらいわずかかと言うと、単純計算で0.1mm直径を小さくすると、穴との位置は3mm変わることになります。
ペグがペグボックスの壁から出ている長さは大体12mm前後ですから、3mm長さが変わると結構短くなります。
E線のペグの直径を0.1mm削った時のペグの位置の変化の例
しかも、0.1mmしか削らなくて済むなんて事はほとんど無く、0.3mmくらいは削らないとまず合うようにはなりません。そうすると、ペグが出ている長さは3mmしかなくなってしまいます。
流石にこれでは短すぎます。もしかしたらグッとペグを押し込んだらツマミ部分がペグボックスの壁に当たって傷をつけてしまうかも知れません。
当たるだけならまだしも、もうそれ以上ペグは入りませんから、もしペグが止まらなくなった時には完全に機能しなくなります。
この様に、きちんとなおすにはペグの交換しか実質対応出来ないのです。
我々技術者がペグの調整を行うときは、まずはペグコンポジションという潤滑剤や石鹸とチョークなどを使って回り具合を確かめ、調整します。
その上でうまく行かないが少しの変形のようならサンドペーパーなどを使ってペグを削って穴との当たり具合をなおします。
そして、それでもうまく行かないときはペグの交換を提案します。
つまり、まずよっぽど「ペグの長さに余裕がある」などではない限り、ペグシェーパーでは調整はしません(というか出来ません)
しかし心配はご無用です。
きちんとフィッティングされた楽器のペグが本当にうまく合わなくなるのは数年~十数年(場合によっては数十年)かかりますから、滅多なことではペグを交換しないといけなくなる事はありません。
逆を言えば、買ってすぐにペグが止まらなくなるようならその楽器はきちんとフィッティングされていない不良品と言えます。
良心的なお店なら無料でなおしてくれるはずですし、当工房製の楽器を購入して頂いたなら、私だったら5年経っていたとしても無料でペグを交換します。
最後に、ペグの調整でペグ穴はまず触りません。
それは楽器本体をいじるのは消耗部品ではどうにもならなくなった時だけだからです。
ペグは交換すれば新品同様に出来ますが、楽器本体はそうは行かないからです。
修理・修復の大原則は「オリジナルを尊重する」ですので、滅多なことがない限り楽器本体をどうこうすることはありません。
次回はペグの種類なども解説しつつ、他のパーツも説明していきます。
出典・参考文献
Fausto Cacciatori 監修:Museo del Violino 出版:「Antonio Stradivari / disegni modelli forme」