これまで何度も検証のために出てきた資料であるモンテベルディの「オルフェオ」ですが、今回もそこからのお話です。
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今回はこの楽器リストに載っている上から5番目の楽器、「Violino piccolo alla Francese」についてです。
リストには「Duoi Violini piccoli alla Francese」と記載されています。これは「フランス風の小さなバイオリン2台」という意味です。
「Violino(バイオリン)」自体が Viola(ビオラ) + -ino(「小さい」と言う意味の接尾辞)で「小さいビオラ」と言う意味なのにも関わらず、更に「 piccolo(小さい)」が付けている楽器です。
実際に小さい楽器なのですが、この楽器は一般には「Kit violin(キットバイオリン)」と呼ばれていたり、「Pochette(ポシェット)」と呼ばれる楽器のことです。
これは「Pochette(【仏】読み:ポシェット、意味:小さな鞄)」と言う名の通り、小さな鞄に入れることの出来るほどに”小さい”というか”細い”楽器です。
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"Pochette" ca. 1700–1799 French
Crosby Brown Collection of Musical Instruments: Europe. The Metropolitan Museum of Art.
名前の由来は諸説あってはっきりとはわかりませんが、実際に小さな鞄に入れていたとか、本体部分の箱が小さな鞄の様だからとか、ケースをポシェットと呼んでいたのが楽器の名になったとか、実際に服のポケットに入れて持ち運びされていたためにそう呼ばれていたとか様々な説があります。(Pochetteにはポケットという意味もあります)
かの偉大な製作家であるアントニオ・ストラディバリもこの楽器を作っていたことがわかっています。
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Antonio Stradivari disegni modelli foerme / p.202-204
ストラディバリの工房で使用されていたキットバイオリンとポシェットのテンプレート
バイオリンを小さい形にデフォルメしたような左側のものをキットバイオリン、細長い右側の方をポシェットと呼ぶようです。
ポシェットは本来はダンスの教師が教える時に使用するもので、その本体の短さから肩ではなく胸や腕に乗せて演奏する楽器です。
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Nicolas Bonnart: Recueil des modes de la cour de France, 'Maistre_a_Dancer' c1678-1693
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Unknown artist: "Boarding School Education, or the Swiss Pimp, & French Bawd" 1771
まあ、時代的にはバイオリンも胸に当てて演奏していた時代ですから、演奏スタイルは決してこの楽器専用ではありません。
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Judith Leyster "Carousing Couple" 1630
そして、本体が小さいということは響板が小さいことになりますので、音が小さくなります。
(スピーカーと一緒です)
音色も楽器本体がそこまで響きませんので、弦だけが鳴っているようなちょっと深みのない音になります。
ダンス教師が教える時のBGMとして使用するのが目的だったので、そんな音量が必要なわけでもなく、持ち運びに便利な形を追求してこのような形になったと考えられます。
さて、オルフェオでは第2幕の初めでこの楽器の指定があります。
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Questo Ritornello fu suonato di dentro da un Clavicenbano, duoi Chitarroni, & duoi Violini piccoli alla Franese.
このリトルネッロは1台のクラビチェンバロ、2台のキタローネ、2台のフランス風ピッコロバイオリンで演奏する。
Claudio Monteverdi: L'Olfeo / Atto Secondo
ポシェットは一般的にバイオリンよりも4度ないし5度高いピッチで調弦されたと言われ、この楽譜でも最低音がミ(E)で、バイオリンの最低音のソ(G)よりも6度高いですから、5度高いピッチに調弦していてもおかしくありません。
弦長が短い楽器は張力を保つためには高音にしないといけないので、高めに調弦されていたのは当然かも知れません。
以下の動画での26:23辺りでこのリトルネッロが演奏されます。残念ながら演奏シーンは収録されていませんが、ここは特に音量が小さくなったのがわかります。
ちなみにこの動画ではキタローネが4人いたりと一部編成が多くなっています。会場が現代のオペラ用の劇場なので音量が必要だからでしょう。
オルフェオが 作曲された当時では、逆に演奏者よりも聴衆の方が少なかった場合が多かったと考えられていますので、モンテベルディが指定した編成で十分だったのだと思います。
このシーンは第1幕でオルフェオとエウリディーチェが婚礼を交わし、第2幕の初めでオルフェオが悩みから解放されて自然に帰った喜びを歌った後に演奏されます。
ORFEO
Ecco pur ch'a voi ritorno,
Care selve e piaggie amate,
Da quel sol fatte beate
Per cui sol mie notti han giorno.
オルフェオ
見よ、それならば、私はあなたの元に戻る。
親愛なる森と愛すべき平原。
その太陽が至福にしてくれた
それだけで私の夜は昼になる
Claudio Monteverdi: L'Olfeo / Atto Secondo
これに続く羊飼いの歌の後に演奏されるリトルネッロまで同じ構成で演奏されます。
ここで「Violino piccolo alla Francese」の音色が鳥のさえずりを連想させ、自然の中にいることを表現しているのです。
これはもちろん音楽ではありますが、どちらかと言うと特殊効果的な位置づけでこの楽器を使用されたと考えられます。
元々この楽器の使用目的が音楽を聞かせるというよりはダンスの伴奏用だったので、作曲家が指定することもあまり無かったようです。
また、この楽器とは別に「Piccolo Violin」と呼ばれる、フルサイズのバイオリンにより近い別の楽器もあります。
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Girolamo Amati / Violino piccolo 1613
この楽器は子供用と思われがちですが、楽器本体の大きさに比べてグリップ部分が長く太く作られていて、ポシェットと同様に調弦を高くした指の太い大人用の楽器です。
これもポシェットと同様、アントニオ・ストラディバリも製作しています。
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Antonio Stradivari / Piccolo Violino "Aiglon" 1734
ヨハン・ゼバスチャン・バッハは、ブランデンブルク協奏曲第1番BWV1046や、3つのカンタータでこのピッコロバイオリンを指定しています。
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Johann Sebastian Bach / Brandenburg Concerto No.1 in F major, BWV 1046 (ca. 1708-1721)
Violino Piccoloと指定がある
この楽器は本体の大きさがポシェットやキットバイオリンよりも大きく、よりフルサイズの楽器に近い音色が出ます。
おそらく器楽演奏曲の中でピッコロバイオリンと指定してある場合は、本来のバイオリンに近いこの楽器を使用していたと考えられます。
なぜこの楽器が存在するかと言うと、バロック時代はハイポジションを使って高音域を演奏することをあまりしなかった、あるいは出来る演奏家があまりいなかったので、高音域を演奏するためにこの楽器が作られたと考えられています。
現代では普通のバイオリンでも演奏可能な音域なので、わざわざこの楽器を使用しなくても演奏できますが、時代考証的にはピッコロバイオリンを使用すべきかもしれません。
ただ、当時の技術や奏者の問題で仕方無しにピッコロバイオリンを使用したのかもしれないので、作曲家の意図としては音色の良いバイオリンで演奏すべきなのかもしれません。
これらの楽器は使用目的や技術的課題の克服によって、バロック以降のクラシック界では見られなくなりました。
それでも、上流階級でダンスが廃れることは無かったので、ダンス教師は20世紀初頭まで長らく使用し続けていました。
19世紀末に蓄音機が発明され、その普及によって徐々に使われなくなっていったようです。
出典・参考文献
Claudio Monteverdi: L'Olfeo
The Met Fifth Avenue
Fausto Cacciatori: Antonio Stradivari disegni modelli foerme
Wikimedia commons
File:Recueil des modes de la cour de France, 'Maistre a Dancer' LACMA M.2002.57.105.jpg
The British Museum
Boarding School Education, or the Swiss-Pimp, & French-Bawd, print, satirical print, London
Daniel S. Lee: The Violino Piccolo in the Leipzig Orbit, 1650-1750
National Music Museum UNIVERSITY OF SOUTH DAKOTA
Six Concerts avec plusieurs Instruments: Holograph manuscript, 1721 / Brandenburg Concerto No.1 in F major, BWV 1046 (Bach, Johann Sebastian)