最初は前回ちょっと触れたトリエンナーレについてです。
開催地はイタリアの Cremona(クレモナ)という街です。
クレモナの位置
クレモナはバイオリン発祥の地の一つと考えられている場所で、始祖のアンドレア・アマティから、史上最高の製作者であるアントニオ・ストラディバリ、そしてそれに匹敵するバルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ(通称デル・ジェズ)など、オールド・バイオリンの最高峰を作った製作家が多くいた場所で、彼ら以外にも多くの製作家がバロック時代~ロマン派の時代で活躍した地です。
今でも当時の面影を残すクレモナの町並み
ただ、この地でのバイオリン製作は18世紀末から徐々に衰退していき、19世紀後期から第二次世界大戦あたりまでバイオリン製作家がほとんどいない時期がありました。
貴族の没落や戦争、工業化や経済の変化等によってバイオリンの主要な生産地はフランスやドイツに移って安価な工場製品が主流となり、クレモナのバイオリン製作は途絶えたのです。
しかし、その後のファシズムの台頭により、彼らの国粋主義的思想はバイオリン製作にも向けられ、「クレモナのバイオリン製作復興」を国家的事業として推進しました。
そこには後にファシスト党の機関紙や新聞、雑誌など広報関係の責任者となったロベルト・ファリナッチが大きく関与しています。
Roberto Farinacci 1930
彼は南部のモリーゼ州出身ですが、幼少時に北部に移り住み、17歳の時にクレモナで電信技士として鉄道従業員の職に就き、後に駅長に昇進しています。
第一次世界大戦に従軍し、戦後はファシスト党の前身であるイタリア戦闘者ファッシの設立に加わって、クレモナでファシズム運動を展開しました。その後国会議員に当選し、ムッソリーニ政府成立後の1925年には党書記長を務めたこともあります。
クレモナ最後の製作家と言われるエンリコ・チェルーティ亡き後、20世紀初期のクレモナでは前述のようにバイオリン製作が事実上途絶えていましたが、ファリナッチらの後押しで1937年に開催されたアントニオ・ストラディバリ生誕200周年祭が成功に終わると、翌年にはバイオリン製作学校を設立することが正式に発表されます。
1937年のストラディヴァリ生誕200周年祭のプログラムの表紙
そして、第二次世界大戦直前の1938年に国立のバイオリン製作学校が開校しました。
第二次世界大戦中にファシスト政権は打倒されたものの、バイオリン製作復興の意欲は受け継がれて製作学校はその後も続き、優秀な講師陣が集まったことや多くの優秀な卒業生がこの地で開業したことで、現在の様な世界随一のバイオリン製作地へと復興を遂げました。
学校ができた20世紀前半ごろは、ヨーロッパ各地で様々な工芸品のコンクールが開催されていました。
最も有名なものとしてはパリ万博がありますね。
1900年に開催されたパリ万国博覧会の遠景
1855年から1947年まで計8回パリで開催された国際博覧会です。
現在では万国博覧会といえば、各国が先進技術や文化・伝統・芸術などを展示するだけのものと思われますが、当時では芸術や工芸のコンクール的要素もあり、様々な美術品・工芸品を表彰していて、バイオリンや楽弓も表彰されています。
さて、クレモナでは先ほどのストラディバリ生誕200周年記念の一環として、国内現代バイオリン製作コンクールが1937年に開催されています。
しかし、継続的なイベントではありませんでした。
そして、第二次世界大戦後の1963年、トリエンナーレの前身となる「ビエンナーレ」が2年おきに開催されるようになります。
第1回ビエンナーレのディプロマ
Gualtiero Nicolini : LA SCUOLA DI LIUTERIA DI CREMONA 70annni di storia P.58
ただし、これは200周年の時と同様に国内のコンクールでした。
そしてその後、1976年より3年おきに国際バイオリン製作コンクールが開催されるようになりました。
正式名称は前回お話ししたとおり、
Il Concorso Triennale Internazionale di Liuteria Antonio Stradivari(伊)
(3年おきの国際バイオリン製作技術コンクール アントニオ・ストラディバリ)
です。
バイオリン・ビオラ・チェロ・コントラバスでそれぞれ上位3位が受賞し、他にも音響が最も優れているものに贈られる賞や30歳以下の最優秀者に贈られる賞などもあります。
優勝した楽器は運営機関が買い取ってバイオリン博物館に永久展示されます。(2・3位やそのほかの賞は買い取らないです)
バイオリン博物館の第8展示室:ここに歴代のトリエンナーレ優勝楽器が陳列されている
なお、必ず上位3位までを決めるのではなく、ふさわしくないと判断されると受賞者不在になったりします。
特にコントラバスは受賞者がいない回が多く、今まで15回コンクールが行われていますが、優勝は2回しかありません。(しかも同一人物です)
そんな受賞者の中で、日本人としては第3回の優勝者、園田信博氏の事を取り上げないわけにはいきません。
園田信博
日本弦楽器製作者協会会長。現代日本の卓抜した弦楽器製作者。1982年、ドイツのマイスター試験に合格し、ガイゲンバウマイスター(ヴァイオリン製作マイスター)の称号を得る。同年、クレモナのストラディヴァリ国際ヴァイオリン製作コンクール・ヴァイオリン部門で第1位ゴールドメダルを受賞した現在唯一の日本人であり(2017年現在)、同時にヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ全作品中の最も優れた音に与えられる音響賞も受賞。2006年には同コンクールで審査員を務めた
園田信博著「最上の音を引き出す弦楽器マイスターのメンテナンス」より
園田信博著「最上の音を引き出す弦楽器マイスターのメンテナンス」
この本のショートコラムにはトリエンナーレ受賞の事にも触れられている。
ドイツでの留学が終わるちょうどその時に開催されたトリエンナーレに、ドイツから出展し見事優勝を果たしています。
その為、受賞者の国表記が「Giappone/Germania(日本/ドイツ)」となっています。
PAST WINNERS
I Triennale 1976
violino – Giorgio Ce’ (Italia)
viola – Piero Badalassi (Italia)
violoncello – Erminio Malagutti (Italia)
II Triennale 1979
violino – Augustin Andreas (Germania)
viola – Alexander Muradov – U.R.S.S.
violoncello – Roger Graham Hargrave (Gran Bretagna)
III Triennale 1982
violino – Sonoda Nobuhiro (Giappone/Germania)
viola – David Burgess (Stati Uniti)
IV Triennale 1985
violino – David Gusset (Stati Uniti)
viola – Nicola Lazzari (Italia)
violoncello – Primo Pistoni (Italia)
V Triennale 1988
violino – Marcello Ive (Italia)
viola – Dante Fulvio Lazzari (Italia)
violoncello – Pierangelo Balzarini (Italia)
contrabbasso – Marco Nolli (Italia)
VI Triennale 1991
violino – Luca Sbernini (Italia)
violoncello – Luca Sbernini (Italia)
VII Triennale 1994
violino – Helmut Muller (Germania)
violoncello – Alessandro Voltini (Italia)
VIII Triennale 1997
violino – Primo Pistoni (Italia)
viola – Christopher Rowe (Gran Bretagna)
IX Triennale 2000
violino – Kolja Jens Lochmann (Germania)
viola – Marcus Klimke (Germania)
violoncello – Kolja Jens Lochmann (Germania)
X Triennale 2003
violino – Jan Baptista Špidlen (Repubblica Ceca)
violoncello – Raymond Schryer (Canada)
XI Triennale 2006
violoncello - Francesco Toto (Italia)
XII Triennale 2009
violino – Marko Pennanen (Finlandia)
viola – Antoine Cauche (Francia)
violoncello – Silvio Levaggi (Italia)
XIII Triennale 2012
violino – Ulrich Hinsberger (Germania)
viola – Ulrike Dederer(Germania/Svizzera)
contrabbasso – Marco Nolli (Italia)
XIV Triennale 2015
viola – Charles Coquet (Francia)
XV Triennale 2018
violino – Nicolas Bonet (Francia)
violoncello – Gawang Jung (Corea del Sud)
前回の15回では2位に三苫由木子氏が受賞するなど、これまで何人もの日本人が入賞を果たしていますが、優勝しているのは未だ園田氏だけです。
参加者数は年によって様々ですが年々増えている傾向にあり、前回の第15回では40ヶ国から331人、431楽器がエントリーしました。
(複数カテゴリーでの参加者がいるため楽器数の方が多くなっています)
バイオリン発祥の地であり、ストラディバリがいた所ですから、当然その注目度は高く、最も権威があるコンクールの一つとされています。
出典・参考文献
Gualtiero Nicolini : LA SCUOLA DI LIUTERIA DI CREMONA 70annni di storia
the Strad : Carlo Bisiach: Dispatches from the front line
Museo del Violino / Concorso Triennale 2021
園田信博著 : 最上の音を引き出す弦楽器マイスターのメンテナンス
Wikipedia