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ロゼッタの意匠

 前々回からリュートについてお話をしています。

 今回はリュートのサウンドホールと言える「ロゼッタ」について見ていきます。

 リュートはウードというイスラムの楽器が基になっているので、リュートのロゼッタの意匠もイスラムの伝統的な文様であるアラベスク文様で作られている事が多いです。

アラベスク(arabesque)は、モスクの壁面装飾に通常見られるイスラム美術の一様式で、幾何学的文様(しばしば植物や動物の形をもととする)を反復して作られている。

-wikipedia アラベスク-

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 このアラベスク文様の三角や四角、唐草を基にした意匠でロゼッタが出来ていることが多いです。

 三角形

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 三角形は最も単純な平面図形であり、「3」という数字も様々な文化圏で意味を持たせています。

 「天・地・人」、「父・母・子」、「人間の肉体・魂・霊」、「世界の三層(空・地上・地底)」、「三位一体」などといった神秘的な数とされています。

 特に三位一体(さんみいったい)はキリスト教において重要な教義の一つで、

  • 父(=父なる神)
  • 子(=神の子・キリスト)
  • 霊(=聖霊)

 の三つが「一体(=唯一神・唯一の神)」であるとする教えです。

 四角形

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 「4」も各文化圏で神秘数として扱われていて、「完全性」、「秩序」、「合理性」などを象徴しています。

 中でも古代ギリシャで生まれた四大元素(地・水・火・風)という考え方はイスラムとヨーロッパでは19世紀ぐらいまで支持された考え方でもありました。

 キリスト教では更に「十字架」、「楽園の4つの川」、「四大天使」など他にもたくさん4にまつわるものがあります。

 唐草模様

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 複数の曲線や渦巻き模様を組み合わせることで、伸びたり絡んだりしたツタの形を図案化した植物文様のことで、ヨーロッパや近東(メソポタミアなどのヨーロッパから見て東の近い地域)文化圏ではどちらも不死と永遠の生命をあらわしています。

 また、ギリシャでは饗宴の神ディオニュソス(ローマ神話でのバッカス)と結びつく象徴で、酒盃によく用いられる意匠です。リュートは祭事でも用いられることが多かったようですから、そういった意味でもピッタリだったのでしょうね。

 六芒星

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 上向きの三角形と逆三角形が組み合わさった六芒星は天界と地上を表していて、三角形の発展型とも言えます。そして、この六芒星は「ダビデの星」として、ユダヤの象徴とされています。

 ウードが西洋に伝わりヨーロッパでリュートとして作られ始めたころの製作家というのはユダヤ人が多かったと言われています。

 「中東の文化と技術を知っていて、キリスト教圏になじむことが出来たのがユダヤ人だったから」、または「商人としてヨーロッパにやってくるのがユダヤ人が多かったから」と言われます。

 確かに、ウードがヨーロッパに伝わった時は十字軍が遠征していましたから、イスラム教の人々は政治的にも心情的にもヨーロッパには行きにくかったでしょう。

 ヨーロッパの各地でユダヤ人が弦楽器を製作していった中で、クレモナではバイオリンの生みの親と言われる中の一人、アンドレア・アマティがユダヤ人で楽器商兼製作家だったジョバンニ・レオナルド・デ・マルティネンゴに師事しています。

 ただし、この意匠は17世紀にイエズス会が考案したものだったりします。

三十年戦争末期の1648年、神聖ローマ帝国の側に立ってプラハを防衛していた民兵軍がスウェーデン軍を撃退した。これを受けたハプスブルク朝のフェルディナント3世は、民兵軍の武勲を嘉して各部隊のそれぞれに旗印を下賜した。

民兵の中にはユダヤ人部隊もあったが、ドイツの宮廷には、ユダヤ人の印としてどんな図柄を使えば良いか知る者がなかったどころか、宮廷ユダヤ人のオッペンハイマー[要曖昧さ回避]家ですら何のアイディアも出せなかった。そこで、ウィーンの政府はイエズス会に何か良い知恵はないか相談したところ「ダビデ王は楯の紋所にみずからの名前の最初と最後の文字『D』を使ったに違いなく、古いヘブライ文字でDの字はギリシャ文字『Δ』に似た三角形だから、Davidのスペルの最初と最後の『D』の字二つを表す三角形を、互いに組み合わせた形にしてはどうだろうか」というアイディアを得た。こうして、ユダヤ民兵部隊に「ダビデの楯」をあしらった旗が下賜されることになった。

この印は欧州のユダヤ人社会に野火のように広がり、19世紀はじめにはロスチャイルド家の家紋にも取り入れられた。

-Wikipedia ダビデの星-

 そして六芒星という意匠は決して17世紀以前に使用されなかったわけでもないので、この意匠だからといって必ずユダヤが関係しているとは言えません。ですが、17世紀以降のユダヤ人製作家は好んで使用していたであろうことは推察できます。

 そして、構造上リュートはロゼッタの下にブレーシングを配置する様に設計されていますので、ブレーシングが隠れやすい六芒星が好まれた一つの要因でもありました。

 今までに載せているロゼッタの写真をよく見返してください。黒く塗って分かりにくくしていますが、ロゼッタの下にブレーシングがあるのがわかります。

 イスラム文化のアラベスク文様は窓などによく用いられますから、リュート(ウード)の穴も窓のようにアラベスク文様にするのはなんとなくわかりますが、実はロゼッタの下にある補強のためのブレーシングをアラベスク文様で誤魔化す効果もあったのです。

 ロゼッタにはただ美観を良くするためだけではなく、その文化的背景や構造的背景によって模様が彫ってあったのです。

参考文献

 Wikipedia

 卒業論文 Mizuho IKEJIRI著 「La rosetta del liuto rinascimentale」

 三省堂 J.C.Cooper著 岩崎宗治・鈴木繁夫 訳 「世界シンボル辞典」