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18世紀の工具⑤

締め付け工具①

 木工では接着するのに圧着という行為が欠かせません。これは何故かと言うと、接着面同士に隙間が出来てしまうと強度が無くなってしまう事や、設計時の寸法が合わなくなること(隙間が1 mmとかになったりしますが、木工の誤差最小単位は0.1 mmですので許容できません)、そして何より美観を損なうからです。

 現在一般的に使われている締付け工具の代表は「Fクランプ(またはLクランプ)」と呼ばれる工具です。このクランプは1936年にBESSEYというドイツのメーカーで発明され、早送りの出来るネジ締め付け方式によって、締め付けまで軽く保持できるなどの締め付けの容易さから木工には無くてはならない工具として定着しました。

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 それまでのクランプは部材に到達するまでネジを延々と回さないと締め付けられない「Cクランプ」と呼ばれるものが一般的で、接着作業などの時間に余裕のない作業には、事前の準備、締め付けまでの保持などが欠かせないものでした。

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 ネジと言う概念は古代ギリシャからありましたので、18世紀でもネジで締め付けて圧着するという方法は取られていて、Cクランプはすでにありました。

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第2部 文化 音楽・楽器:楽器 弦楽器製作用の諸道具

 右側がCクランプです。左側にはCクランプとは違ったクランプもあります。これは「スプールクランプ」と呼ばれる弦楽器製作特有の専門工具です。

 スプールクランプは響板を横板に接着する時に使用します。当時の様子が同じフランス百科全書にあります。

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第2部 文化 音楽・楽器:楽器 弦楽器製作者の仕事場

 ストラディバリのものはこの様なスプールクランプではありませんが、同様なクランプが残されています。

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Antonio Stradivari disegni modelli forme MS636

 ではCクランプはどこで使用されていたのでしょうか?

 まずはバイオリン製作で圧着が必要な箇所(作業)はどこか、考えてみます。

  1. 横板とブロックの接着
  2. 横板とライニング(糊代部)の接着
  3. ネックとアッパーブロック部との接着(釘も使用)
  4. 響板の接ぎ合わせ
  5. バスバーの接着
  6. 響板と横板の接着→スプールクランプ
  7. 指板製作で行う合板製作
  8. ネックと指板の接着
 以上の8つです。「6.響板と横板の接着」は前述でわかっていますし、現代でもスプールクランプです。それ以外では現代は2.と5.以外はFクランプで行っています。ですがもちろん当時はありませんでしたので違います。
 ではそれらは全てCクランプだったのか、順番に考えていきたいと思います。

 1.横板とブロックの接着

 現代の方法を見ていただきましょう。

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 ご覧のようにクランプの跡をつけないために当て木を使ってFクランプで圧着しています。

 現代のFクランプを使った方法でもなかなかコツのいる作業ですので、バイオリン製作をしたことのある者であれば、当時の未熟な工作機械で作られたCクランプでの作業は圧着までの保持や締め付けるバランス、クランプそのものの強度などで問題が起こり、かなり難しかったことが容易に想像できます。

 では、当時はどうだったのか。

 作業中の写真はもちろんありませんし、絵も残っていませんが、ストラディバリが作った内型と当て木が残っていますので、それを見てみましょう。

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Antonio Stradivari disegni modelli forme forma B

 現代のものと比べると内型に空けられた穴がずいぶん小さいです。また、当て木はかなり長く、角も削ってあるのがわかると思います。(当て木の写っている部分は横板に当てない方です)

 内型の穴はCクランプを使っていたとしてもありえます。しかし、当て木は現代の様に横板の幅と同じか若干大きい程度でないと作業がやりにくいですし、必要無いので不自然です。

 ではこれらをどの様に使ったのか、実はある文献がそれを証明しています。それはサッコーニ氏が著述した「THE "SECRET" OF STRADIVARI」です。

 彼は同じ方法を再現し、写真に撮っています。

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THE "SECRET" OF STRADIVARI P.50 fig.48

 この様に紐を使って圧着しています。これなら内型の穴の空いている位置や大きさ、当て木の長さと角が削ってあることが理にかなっています。

 また、実は内型の穴に挿した棒も残っています。

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 以上のことから、ストラディバリはこれらを使って紐で圧着していたのだとわかります。

 私も実際に同様の方法で同じ作業をしてみました。

 実はこの方法、初めはちょっと練習が必要ですが、すぐに慣れましたし想像以上に簡単です。そして仕上がりも現代の方法と全く変わりません。実際にこの方法で今まで3挺の楽器を作ってきましたし、これからも行っていこうと思っています。

 ただ、これ専用の内型でないと出来ないので、今まで作ってきた気に入った内型で新たに作りたい時はFクランプを使用しています。

・・・

 今回のこの方法を試した時に、「案外クランプは無くても圧着できるし、他の作業も可能なのかもしれない」と思いました。

 18世紀でも現代と同様の精度で製作出来る可能性がより高まってきました。

 次回からは残りの圧着方法を順次見ていきたいと思います。

 出典:参考文献

 Fondazione Museo del Violino Fausto Cacciatori監修 「Antonio Stradivari disegni modelli forme」

 Eric Blot Edizioni Simone Fernando Sacconi著 「THE "SECRET" OF STRADIVARI」

 大阪府立図書館 デジタル画像 フランス百科全書 図版集: http://www.library.pref.osaka.jp/France/France.html

 BESSEY Tools https://www.besseytools.com/en/about