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楽器の価格 -音の良し悪しと価格-

 店頭に並んでいる楽器の価格は基本的には「仕入れ値」の何割かを上乗せして店頭価格にしてあります。

 その上乗せしている金額すべてがお店の利益というわけではなく、店舗維持費や修理費・調整費、店員の人件費などを差し引いて残ったものがお店の利益となります。

 そして、楽器の価格の元となる「仕入れ値」は一般的にその楽器の製作精度やメーカーで変わります。特に勘違いしないで頂きたいのは、音が良いから価格が高くなっているわけでは無いことです。

 工場や個人製作家、そして過去の偉大な製作家を含め、どんなメーカーであっても同じランクの楽器には個々に音量や音の良さのばらつきがあり、例外的にとても良い音がするものも時にはあるのですが、だからといってその楽器だけ高価にすることはないのです。

 極端な例を言いますと、スズキNo.330の新品でストラディバリウスに匹敵するぐらい音の良い楽器があったとしても、1億円で販売して良いはずがない、ということです。

 確かに、高価な楽器は音が良いことが多いのですが、それは製作精度が高かったりメーカーに独自のノウハウがあることで高確率で良い音の楽器があるだけであって、楽器の価格は音の保証をしないのです。

 ですので、もし純粋に音が良い楽器を望むのなら、楽器の製作精度やメーカーのブランド、つまり価格にとらわれることなく、とにかくたくさんの楽器を試奏して自分の気に入る楽器に出会うまで気長に探し続けるのが一番良い方法です。

 でも、「過去のバイオリンは同じ製作家の楽器でも価格の差が大きいものもあるではないか!」

 という方もいらっしゃるでしょう。

 ですが、そこは「骨董価値」による価格差で、音の良し悪しではないきちんとした理由があります。

 「骨董価値」とは古美術品や希少性のある古道具につけられる価値のことで、古さ・希少性・人気・真贋などで差が出ますが、同じ作者であった場合でも保存状態や持ち主が有名人であったなどの付加価値などで価値が変わります。

 2017年にオークションで落札されたA・ストラディバリ作の楽器は約240万ドル(日本円で約2億7000万円)で落札されましたが、2011年に日本音楽財団がチャリティーオークションで出品したA・ストラディバリ1721年作のバイオリン、通称”Lady Blunt”は歴代最高額の約1580万ドル(日本円で約12億6000万円)で落札され、10億円ほどの差がついています。

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Antonio Stradivari 1721 "Lady Blunt"

 このLady Bluntはストラディバリウスの中でも保存状態が最も良いものの一つとして知られており、製作された当時の様子をほとんど残している希少な楽器です。

 ストラディバリウスでおそらくLady Bluntと同様の保存状態の楽器は1716"Messiah"ぐらいしかありません。Messiahはイギリスのオックスフォードにあるアシュモレアン博物館に収蔵されている楽器ですから、今後売りに出されることは無いでしょう。つまりこれほどの楽器が手に入る機会はおそらく今後訪れないか、あっても数十年後か数百年後に同じLady Bluntが売りに出される時しかないわけですから、当然買い手は頑張ったと思います。

 また、東日本大震災のためのチャリティーオークションでもあったので、慈善的意識もあり価格が跳ね上がった可能性もあります。

 このように純粋に保存状態やその他の要因によって生まれた価格差であって、この価格差に音の良し悪しはありません

 これは極端な例のように思われるかもしれませんが、バイオリンのオールドやモダン楽器では同じ作者の楽器で落札価格が一桁違うものは良く見受けられます。この一番大きい要素は保存状態であり、それ以外の要素でも価格差が生まれることはありますが、音の良し悪しは絶対に入る余地が無いのが業界の常識です。

 ですから、オールドやモダン楽器で「同じ作者なのに価格が違うのは音が良いからだ」と説明するお店があったら気を付けて下さい。

 実は保存状態が良いからであったり、音を良くするために調整に時間をかけていたりするという場合もあるかもしれませんが、それならそのように説明するべきであり、そこの説明を端折って「音が良いから価格が高い」と言ってしまう業者は危険であると思います。

 特に古い楽器の価格は「時価」であり定価はありません。相場はあっても保存状態などにより価格は大きく変わるので、売るお店にすべての価格決定権があります。

 音の良さは主観的で個人差がありますので、「音が良い」などというあいまいな要素で価格を決めてはいけないのです。

 「音が良いから価格が高い」などという業者は、相場よりも高く売りたいがために売る側が印象だけで価格を高くしていると言っても過言ではありません。

 そんな楽器を買ったら、本来払わなくても良い分まで払わされることになります。

 弦楽器専門店と言えども玉石混交です。最もよい楽器の選び方は信頼できる楽器店を見つけることにあるのかもしれません。

 私もそのことは肝に銘じています。

 さて、次回は新作楽器の価格の決め方、特に工場大量生産品から見ていきます。

 出典

 Wikipedia Lady Blunt Stradivarius https://en.wikipedia.org/wiki/Lady_Blunt_Stradivarius