サイトへ戻る

楽器の価格 ー工場大量生産ー

 前回、店頭に並んでいる楽器の価格は「仕入れ値」の何割かを上乗せして店頭価格にしてあるとお話ししました。

 つまり、楽器の価格はほぼ「仕入れ値」によってどんな価格にするか決まります。

 では、お店が価格を決めるうえで元となる「仕入れ値」は各メーカーでどの様に決めているのか、まずは工場大量生産製品から見ていきましょう。

 日本円でだいたい100万円以下、特に50万円以下の楽器はみなさんもご存知のとおり、工場で大量生産されたものが殆どです。

 ただし、工場製品の楽器だからといってもその多くが手作業(ハンドメイド)で作られています。

 これは、楽器を作り上げる工程が複雑で多岐にわたるため自動化しにくいのと、自動化するには設備投資が莫大になってしまうので導入しづらいためです。

 最近は加工機械の低価格化が進んで、響板やスクロールの荒取りくらいは行っている工場が多くなりましたが、それでも最終的には人間が表面仕上を行う必要がありますし、接着作業は人が行う必要があります。

 それでは個人製作家が作る楽器と何が違うのか。それはコスト削減の方法です。

 自動化が出来ない以上、コストを押さえるのは単純に人件費を押さえるのが最も有効です。そのため、他に比べて低い賃金で人を雇える地域に工場を建設し、現地の人を雇うことでコストを削減しています。さらにこれは工場維持費(家賃・光熱費代等)の削減にもつながります。

 現在では東欧や中国での生産が中心になっていましたが、中国・東欧はもう人件費の安い地域ではなくなりましたから、今後はもっと人件費の安い地域へ移っていくか、自動化が進むでしょう。

 そして、先程もお話したとおり楽器製作には複雑で多岐にわたる工程があるために、質の良い製品を生み出すには作業員の教育が重要です。しかし、人件費を押さえるためには教育期間も短くする必要があります。

 例えば、バイオリン作りを1から全て学ぶとすれば、複数回作り上げる訓練で最低1年位は必要になります。

 そこで、各工程を細分化し、一つの作業だけを一人あるいは数人の作業員が仕上げる方法にすることで可能にしています。つまり、バスバーの加工・取り付けだけを学ぶのであれば1ヶ月も必要なく、短い期間で熟練工が教育できるわけです。

他にも、大きな資本で大量に材料を仕入れることで、1つの楽器にかかる原材料費を押さえたりするなど、個人製作家では出来ないコスト削減も行っています。

 この様に、大量生産工場ではコストを押さえて、安い楽器を提供しています。しかし、ここだけ聞くと工場製品の方が安くて質の良い楽器が多そうですが、実はそうではありません。

 通常の工場ではさらなるコスト削減のために、事前に価格を決めてそれに見合った作業時間と材料で製作するようにしています。

 そうすると安い楽器になればなるほど作業に使う時間が限られるため、製作精度が十分ではなくても次の作業に回さなければいけなくなり、「低価格=質の低い楽器」が生まれることになります。

 これが大量生産楽器が価格が低い理由であり、低品質だと言われる理由です。

 逆に工場生産であっても、各作業に十分時間をかけて質の高い楽器を生み出すことを行うと、それにかかったコストが高くつくために、結局のところ個人製作家が作ったものと同じような価格になってしまいます。

 さらには以前、大量生産楽器と手工芸楽器でお話ししたように、大量生産楽器では作業員の多くが「決められた品質以下にしない」ようにするだけなので、「船頭多くして船山に上る」ようにちぐはぐな楽器が生まれやすい状態になっているのも個人製作家の楽器に及ばない理由です。

 ですが、すでにお話ししたように音が良い楽器を求めるだけなら工場大量生産品の安い楽器からでも見つかる時があります。

 ただし、バイオリンなら初心者用ではない、最低でも20万円以上のものを弦楽器専門店で購入するほうが無難です。

 初心者用と銘打って販売している楽器は20万円以下の低価格の物が多いですが、信頼できる専門店でもコスト削減のため「とりあえず演奏できる状態」に調整を行い、音は二の次ですのであまり期待はできません。

(だからといって20万円以上の楽器が音調整までやっているとは限りません。あくまで「とりあえず演奏できる状態」以上の、より理想的な調整を行っている可能性が高くなるだけです。)

 その上、あまりにも安い楽器は必要最低限の調整がされていない、あるいは楽器自体の製作精度が低すぎて後で故障などのトラブルが起こる場合があります。そしてなにより、大幅な修理を行った場合、音が変わる可能性も否定できません

 私の経験上、特にネックの仕込み角度が低くなってしまう症状が低価格の楽器に多く見受けられます。これを修理すると楽器の状態も大きく変化するので音も変化する可能性が高くなります。(様々な修理方法があるので一概に言えませんが、最低でも指板は一度外して、修理した後に再接着します)

 また、その修理を行う段階で魂柱は間違いなく倒れるので、同じ音になるように元あった場所に0.01mm単位で立てることはほぼ不可能ですし、駒の位置も変わる可能性がありますので、音色・音量などが変わる可能性が高いのです。

 そして、これを修理するには1万円~数万円かかる場合がほとんどです。

 では、修理後に納得いくまで音調整を行ってもらえば良いかもしれませんが、お店によってはそれだけで数万円の調整費用がかかります。

 きちんとした弦楽器専門店で購入するなら購入後1年位は保証してくれるのが一般的なので、保証が切れる前には必ず点検してもらって、直してもらえば良いですが、価格が数万円の楽器であったなら音調整まではしてくれないと思います。なぜなら初めから「音は二の次」で調整を行っていますので、音調整までは元々の価格に含まれていませんので、保証外でしょう。

 ここまで聞くと「結局金額の問題じゃん」と思われると思います。

 確かにそうです。20万円と言ったら家電や家具なら高級品が買えます。

 決して安い額ではないのですが、バイオリンに関しては製作がほとんど手作業で行うしか無いため、人件費がどうしてもかかり、価格が高くなってしまうのです。

 なぜ人件費がかかると価格が高くなるのか。

 次回はその辺も含めて、個人製作家の楽器がどうして100万円前後、あるいはそれ以上の価格で販売されているのかをお話します。