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楽弓の完成形へ

 フランソワ=ジョゼフ・フェティス(F. J. Fetis)というベルギーの音楽学者(作曲家・音楽教師)が「Antoine Stradivari luthier célèbre」という著作の中で、17・8世紀における楽弓の改良を表した絵を載せています。

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 楽弓の下にはそれを使用していた代表的な演奏家とおおよその時代が書いてあります。

 この絵に照らし合わせると前回まではCORELLIまでを説明していました。

 「ラ・フォリア」とか「クリスマス協奏曲」のコレッリ(Arcangelo Corelli)です。

 次のタルティーニ(Giuseppe Tartini)は「悪魔のトリル」の人です。

 だんだんスティックが長くなり、一回の運弓で長く弾くことが要求されたことがわかります。

 この頃までの楽弓はヘッド(スティックの先端部分)の形が尖った形をしていて、「パイクヘッド」と呼ばれます。「パイク」とは、15世紀から17世紀にかけ、歩兵用の武器として幅広く使用された槍の一種のことで、その槍の穂先に似ていることからこう呼ばれています。

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Pike(パイク)

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パイクヘッドの楽弓

 ウィルヘルム・クレイマー(Wilhelm Cramer)はドイツ出身のロンドンで活躍したバイオリニスト兼指揮者です。

 彼が使った楽弓はヘッドが「ハチェットヘッド」と呼ばれるものです。

 ハチェットとは手斧のことです。

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Hatchet(ハチェット)

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ハチェットヘッドの楽弓

 イギリスでこのタイプの楽弓を製作した製作者が複数います。特に有名なのはロンドンの楽器製作家エドワード・ドッド(Edward Dodd)で、クレイマーはおそらくこれらの楽弓を使用していたのではないでしょうか。

 しかし、ここまでの楽弓のまだ演奏時の毛を張った状態は、スティックと毛が平行になっているものです。

 それが、現代の様に演奏時でも毛の方に凹んでいる形にしたのが最後のヴィオッティ(Giovanni Battista Viotti)の使用していた楽弓です。

 この逆反りのスティックは今までの楽弓と違い、運弓時の跳ねを少なく出来る利点がありました。

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 楽弓のフロッグ付近を持って弦の上で動かす時に、膨らんだスティックでは上向きの力が自然とかかるような構造だったが、逆反りのスティックでは下向き(弦側)の力が自然とかかるようになるので、楽弓が弦の上で跳ねにくくなった。

 実はこのタイプの改良点がほとんど同じ楽弓を、ほぼ同時期に製作した人物が2人います。

 一人は先程名前が挙がったロンドンのエドワード・ドッドの息子である、ジョン・ドッド(Jhon Dodd)。

 そして、もう一人が「楽弓のストラディバリ」と呼ばれているパリで製作していたフランシス・トルテ(FRANÇOIS TOURTE)です。

 ドーバー海峡を隔てたパリとロンドンという地で、ほとんど同じ楽弓を二人がたまたま同時に思いついたとは考えられません。しかも当時はイギリスとフランスで第2次百年戦争を行っていたため、彼らが直接交流を行えるはずも無かったのです。しかし、ある人物が二人と交流があった可能性があります。

 それは、ヴィオッティです。

 ヴィオッティは現在のイタリア、ピエモンテ地方の出身で、始めはフランス宮廷で活躍しましたが、フランス革命や戦争のせいでパリとロンドンを行ったり来たりして音楽活動を行うことを余儀なくされました。おそらくそのときにトルテとドッドそれぞれに楽弓を見せていた、または製作を依頼していたのではないかと思われます。

 そして、一説によるとヴィオッティとトルテが共同研究してこの形にしたと言われています。

 そのトルテは楽弓の形だけでなくフェルナンブーコという楽弓にとって最も適した素材を見出し、スティック以外の改良も数多く行い、楽弓を楽器本体と同じレベルの工芸品まで押し上げたと言っても良い人物です。

 次回はこの楽弓と、この二人についてお話したいと思います。

 出典・参考文献

 W. Lewis; Library ed edition JOSEPH RODA著 「BOWS FOR MUSICAL INSTRUMENTS of the Violin Family」

 "The Strad" Office Henry Saint-George著 「THE BOW, ITS HISTORY, MANUFACTURE AND USE」

 Wikipedia

  パイク :https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A4%E3%82%AF

  Hatchet :https://en.wikipedia.org/wiki/Hatchet