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バロック時代の楽弓

 さて、前回楽弓にフロッグという部品がつけられるようになったことをお話ししました。

 そして、バイオリンが誕生した時もその楽弓が流用されていたのは間違いないでしょう。

 では、具体的にどんな楽弓だったのか、実際に私が作った楽弓で説明します。

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 このように弧を描くような形をしていますが、実はスティック(棹)の部分はまっすぐに作ってあって、毛をフロッグによる張力で引っ張って曲げています。

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 フロッグ部分は接着をしているわけではなく、精密に同じ幅の溝がスティックに切られていて、そこにぴったりとはめ込む仕組みです。

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 フロッグ部分に毛が通る溝が掘ってあって、フロッグは毛の張力でスティックに押し付けられています。

 余談になりますが、この弓で一番苦労したのは製作時ではなく毛の取り付けで、写真のように外側から内側に向かって毛を穴に入れて楔で留める方法をとる所です。

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 この向きだと、一つ目は問題なく入れられるのですが、2つ目の穴に差し込んで楔で留める時に毛が邪魔で楔を差し込むことが上手く出来ませんでした。 最終的に毛を止めることはできたものの、毛がねじれてしまい、納得のいく状態には出来ませんでした。

 また、次回の毛替えで挑戦します。

 さて、この弓の構造を理解していただいて分かったと思いますが、この弓は毛を緩めるにはフロッグを外さないといけません。 また、好みの張りにするにはフロッグと毛の間に木片や折り曲げた紙などを挟むなどの方法でより張るようにするか、フロッグそのものを違う大きさのものに交換するしか調節が出来ません。

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 このようにルネサンス時代の糸で縛る弓よりは発展していますが、それでも扱いやすいとは言えないものでした。

 そこで、毛を直接フロッグに留めて、そのフロッグを動かせば緩めるのも張るのも自由自在になる形に改良されていきます。

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バロック初期の弓:赤丸が毛を留める位置

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毛をフロッグに留めてフロッグごと動かすことで張りを調節する

 まず作られたのは、スティックにいくつか刻みを入れておいて、フロッグを紐などで引っ張ってその刻みに引っ掛けるというものでした。

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引っ掛ける刻みの位置を変えることで張りを調節

 ただ、これだと持ち方によっては小指が刻みにあたって嫌なのと、細かい張りの調節は出来ません。

 そこで、スティックに穴を開けてネジを差し込んでフロッグとつなげ、ネジを回すことで調節できるようにしました。 (つまり、現代の楽弓と同じ仕組み)

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 バロック後期にはこの構造の楽弓が現れ、ストラディバリの遺品や博物館に残されたものにもネジで調節する楽弓が残っています。

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 ただ、この楽弓をストラディバリ本人が作っていたか、弟子が作っていたかどうかははっきりしていません。 ですが、残された作りかけのものやテンプレートなどから、ストラディバリは楽器と一緒に楽弓やケースを含めたセットで販売していたと考えられています。

 そして注目すべき所は他にもあります。 ストラディバリの楽弓は現代の楽弓のようにヘッドが毛の方に曲がっている上、中心部分も毛の方へ湾曲しています。

 それまでの楽弓は真っ直ぐに作られたものを弧を描くように毛を張っていました。 しかし、ストラディバリの楽弓はスティックを毛の方に湾曲させることによって、毛を張ったときに真っ直ぐになるか、若干の弧を描くようになります。

 これは毛に与える張力を多くすることと、スティックを毛と平行に近づけることでスティックを動かす力の向きと毛の動く向きを同じ方向にしたかったからではないでしょうか。

 これによって、弦を強く押さえる力に対応出来るようになり音量を増大させられることや、素早い動きにも反応しやすくなります。

 ストラディバリの晩年は時代が古典派へと移り初めた時代です。

 ここから音楽は貴族のたしなみから大衆の娯楽へと移行し、音楽形態も複雑化していきます。

 そんな時代の要求から、楽器と同様に楽弓も変化していくことになります。

 次回はいよいよ楽弓が現代の形になっていくまでをお話します。

 出典:参考文献

 Fondazione Museo del Violino Fausto Cacciatori監修 「Antonio Stradivari disegni modelli forme」