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楽弓のストラディバリ

 前回で楽弓のスティックがどの様に発展していったかを見てきましたが、それを最終的に現在の形に改良したのがフランシス・トルテと言われています。

 彼の楽弓はまるでストラディバリウスのように、彼と同時代の製作者や後世の製作者達が手本にし、史上最高の楽弓として認知されることとなりました。 そして、誰ともなく彼のことを「楽弓のストラディバリ」と呼ぶようになりました。

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François Xavier Tourte

 しかし、彼の父 Nicolas Pierre Tourte はすでに弓製作者だったので、そのファミリーの始祖であるストラディバリとは製作者としての経緯は少し違いました。 しかも彼は2人兄弟の弟で、当時は父の商売を継ぐことは年長者にその特権があったために、彼は初めは時計職人に徒弟奉公しています。 兄が16歳で死去し家業を継ぐ事になりましたが、それまでの8年間を時計職人としての仕事に費やし、結果的にその経験は細かな工具の使用においてのみならず、各部分の精密、正確な調整においても疑いなく役立っていたと考えられます。

 当時は近代的な計測器はありませんでしたから、スティックの手元から先までの直径の変化に関しても多くの実験の結果や経験則からであったに違いないでしょう。 すべての弓をまったく同じ様に繰り返し製作し、正確で優美な寸法で彼が作り上げたのは、手の技術と目の正確さだけにたよっていたはずです。 それでも、彼のスティックの直径は手元から先端にわたって均一に減少していて、この正確さは後に研究者が数学的方則を導き出す事が出来たほど正確でした。

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J. B. Vuillaumeによって導き出された、トルテ弓の幾何学的作図によって得られるスティック直径の減衰率

 また、彼はスティックに最も適した木材の実験を行い、その重量、弾力性、強さ、組織のきめ細かさから、フェルナンブーコが弓のスティックに最も適していると発見しました。 当時フェルナンブーコは赤色を作り出す染料の原料としてブラジルから輸入されており、彼はそのフェルナンブーコ材の中から繊維の歪みや節の無い良い材料ばかりを使って製作していたと言われています。

 彼がその研究において、パリに住んでいたり滞在したりするバイオリニスト達のアドバイスや助言に影響を受けていたことはまず間違いなく、前回お話したとおりその中には1782年から1792年の10年間をパリで生活したヴィオッティがいたと言われています。

 その後、ヴィオッティは1792年にフランスを去ることを余儀なくされロンドンに定住したので、その時にトルテの楽弓を何本か携えていたのは間違いなく、同時代のもうひとりの製作者でトルテに並び称されているジョン・ドッドはそれを見たのではないかと思われます。

 ジョン・ドッドは楽器製作者エドワード・ドッドの長男で、イギリス最高の楽弓製作者と言われています。 彼は「English Tourte」と呼ばれていて、彼の最高の作品はこの呼称の正しいことを証明していますが、彼はしばしば楽弓を急いで作って安く売るようなことをしていたため、品質の良くない楽弓も多く見られます。

 彼は変わり者につけ加え、秘密主義で弟子をとりませんでした。 彼の秘密の技法を千ポンドで買い取るという提案があったそうですが、彼は断固として断ったという逸話もあるくらいです。 そのため、彼が奇妙な構造の二重の鋸で粗末な板からスティックを切り出しているのを見たと伝えられていますが、この方法は他の楽弓製作者には伝えられていません。

 THE BOW, ITS HISTORY, MANUFACTURE AND USEの著者で作曲家でもあったセントジョージは「私はそのような無口で秘密主義の気質の男が、他のメーカーの作品をコピーするといった容易な方法を採用しただろうとは思いません。」と言っています。 しかし、私は逆にそういった人物だからこそ、自身のプライドといったものに無頓着で、技術の向上になるためなら良いものは積極的に取り入れて行ったのではないかと、製作家としての観点から考えます。

 フランスとイギリスは彼らのおかげで「楽弓製作のルーツであり、製作地のメッカ」として世界に君臨することとなったわけです。

 フランスはその後、製作の中心はパリからミルクールへと移っていき、その地で多くの楽弓製作者が活躍していくこととなりました。

 フランス製の楽弓は今でも最高級品として、新作も含め人気を誇っています。

 イギリスは逆にその後の製作者数は多くならず、フランスには力負けしてしまいましたが、それでもなお、楽弓のルーツの一つとしてイギリス製の楽弓には根強い人気があります。

 この二人の人物像を見ていると、多くの顧客に恵まれ、研究熱心で正確無比に楽器を製作したストラディバリと、生活に困窮し、荒々しい中にも美しい楽器を残したグァルネリ・デル・ジェズの様な関係に似ているなと私は思ってしまいます。

 出典・参考文献

 W. Lewis; Library ed edition JOSEPH RODA著 「BOWS FOR MUSICAL INSTRUMENTS of the Violin Family」

 "The Strad" Office Henry Saint-George著 「THE BOW, ITS HISTORY, MANUFACTURE AND USE」

 Wikipedia

  François Tourte: https://en.wikipedia.org/wiki/Fran%C3%A7ois_Tourte