前回まで楽弓の歴史を見てきましたが、現代の楽弓はフランシス・トルテが完全なまでの改良を行い、今日までほとんどそのままの楽弓が使用されています。
ですが「やはり」といってはなんですが、トルテ以降も楽弓の様々な改良を行った人々がいます。
残念ながらそのほとんど全てが世に認められること無く消えていきましたが、その中でも異彩を放っているのが、ジャンーバプティスタ・ヴィヨーム(Jean-Baptiste Vuillaume 1798-1875)の発明品です。
Jean-Baptiste Vuillaume, 1860, Moulin workshop
ヴィヨームはフランス、ミルクールの楽器製作家の家に生まれ、パリに店舗を構えて大成功を収めた楽器製作家であり、起業家であった人物です。
とかく日本では「怪しげな人物で、狡猾な商売人」という人物像で取り上げられる書物が多いのですが、彼なくしてはフランスのバイオリン製作はここまで発展していなかったと言えるほどの人物です。
彼はフランスのバイオリン業界では最も偉大な人物であり、フランスのミルクールには彼の名前を冠したバイオリン製作学校が作られたほどです。
Lycée Jean-Baptiste Vuillaume
さて、彼の発明品ですが、
まずはフロッグの固定された楽弓です。
ただし、バロック時代のものとは違い、毛の張りを微調整出来ます。
「フロッグが固定されているのに?」
と思いますよね?
ですが、彼はそれを可能にしました。
この図の様にフロッグは固定されているが、中に毛を引っ張る機構を作って毛の張りを微調整させたのです。
なぜこの様な改良を行ったのでしょう。
それは、ボーイングのタッチの微妙な感覚を常に一定に保つために、長さと重さにおいてまった変化の起こらない様な楽弓を作り出すことだったのです。
現代の普通の楽弓はフロッグに固定された毛をフロッグごと引っ張ることによって毛の張りを微調整しています。 そして、毛が伸びてしまったものは当然ながらフロッグごとかなり後ろに引っ張らないと毛が張れません。 フロッグは楽弓の中では重い部品ですので、後ろにフロッグが動いてしまっては、重心が動くことになります。
重心移動のモデル図
しかし、彼のこの楽弓なら、かなり後ろに毛を引っ張ってもほとんど重心が変わらないのです!
・・・残念ながらと言うか当然ながら、この改良は普及しませんでした。
この様な複雑な機構にしてしまうと、故障した時に修理が難しい、あるいは一般的ではない修理方法をしなくてはいけないために、彼の店舗以外では修理してもらえなかったことでしょう。
また、フロッグの半月リング部分から毛が出入りしなくてはいけませんが、動く隙間を作ると毛が横にうまく広がらず、中心に寄り気味になりやすくなります。
そして、なんといってもその不具合(毛が伸びてしまうこと)は、定期的にきちんとした毛替えをすれば毛が伸びすぎることもなく、ちょうどよい長さにしてくれるので解決する事だったのです。
そして、彼の改良はまだあります。
上の図を見た時に気がついた人もいるかも知れませんが、毛がヘッドとフロッグの中の丸いところに止められています。
これは使用者自ら毛替えが出来るシステムです!
このシステムは楽弓のヘッドと先程のフロッグ内にある金具の穴に、専用に作られた両端が丸い棒に縛られた毛を入れ替えるだけで、毛替えが簡単に出来ると言った画期的なシステムなのです!
・・・残念ながらと言うか当然ながら、この改良も普及しませんでした。
おそらくは結局のところきちんとした毛替えが出来なかったのでしょう。
また、専用の毛も彼の店舗以外では買えなかったでしょうから、パリに住んでいる人以外は使いにくかったはずです。
現在はその殆どがの普通の楽弓と同じ様に改造されて使用されています。
矢印のところに丸い詰め物の跡がある
今日,、この楽弓を当時のままで見ることは博物館くらいでしか出来ません。
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さて、彼がただの製作家・起業家であっただけでは無く、画期的なアイデアを生み出す発明家だったことが分かって頂けたでしょうか。
そして、彼のアイデアはこんなものでは留まらず、まだ発明品があります!
次回は彼の発明を更に見ていきます。
出展・参考文献
Wikipedia
Jean-Baptiste Vuillaume: https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Baptiste_Vuillaume
Google Map: Lycée Jean-Baptiste Vuillaume
W. Lewis; Library ed edition JOSEPH RODA著 「BOWS FOR MUSICAL INSTRUMENTS of the Violin Family