前回に引き続きジャンーバプティスタ・ヴィヨームの発明を見ていきましょう。
固定されたフロッグと自分で毛替えが出来る楽弓をお話しましたが、彼はスティックの素材をフェルナンブーコではない楽弓をも作り出しました。
それがこの楽弓です。
この楽弓は鋼鉄製の中空のチューブで作られており、彼はそれに必要な反り・弾性・強度を与えることに成功しました。
当時の演奏家も使用していたそうで、ヴィオッティとバイヨの弟子で、フランコ・ベルギー楽派の創始者であるシャルル=オーギュスト・ド・ベリオ(Charles-Auguste de Bériot)は特に気に入って使っていたそうです。 また、アレクサンドル・ジョセフ・アルトー(Alexandre-Joseph Artot)や、あのニコロ・パガニーニ(Niccolò Paganini)などの音楽家達がこの楽弓を使用したそうです。
Charles-Auguste de Bériot
Niccolò Paganini 鋼鉄製の楽弓を使用している絵とされている
この楽弓を開発するきっかけは、良質なフェルナンブーコ材の確保の困難さからでした。 200年近く前から良質なフェルナンブーコは手に入れるのが難しくなっていたんですね。
この楽弓は木材以外のスティックを作ったという意味で、現在のカーボンファイバーを原料としてスティックが作られるようになる先駆けとも言えるでしょう。
重さも通常の楽弓に近い58g前後で、名演奏家も使用するほどのものですから、完成度は高かったと思います。 しかし、バランスがあまり良くなかったことや、錆びてしまうこと、落としたりなにかにぶつけたりすると凹んでしまうこと、反りや曲がりの修正が困難だったことなどが原因で普及しませんでした。
ヴィヨームは1834年からこの楽弓の販売を始め、価格は他の楽弓とほぼ同じ価格でした。 年間におよそ500本製作したと言われており、1840年まで彼の店で約6年間販売していましたので(10年間とも、15年間ともいわれています)、単純計算で3000本もの鋼鉄製の楽弓が世に出たのですが、今ではあまり見ることがなく、稀にオークションに出品されることがあるようです。
さて、この様に彼の発明した楽弓はことごとく世間に認められることは無かったのですが、47歳の時に発明したヴィヨームスタイルと呼ばれるフロッグだけは現在でも使用され続けています。
そのフロッグはスティックに当たる部分のアンダースライド部を通常の八角形の形ではなく、平らな部分と丸くしてある部分で作られており、半月リングは楕円形のものです。
左:ヴィヨームスタイル 右:通常のフロッグ(フロッグを正面から見た状態)
ヴィヨームスタイルの長所は、特にアンダースライド部の形のおかげで、スティックとフロッグの取り付けが安定するところにあります。
楕円形の半月リングは見た目の幅が狭いのですが、縁の部分で毛を持ち上げるようにするために、毛の並ぶ幅は結果的に半丸型の半月リングと大差ない幅になります。
この形のおかげで、(フロッグ付近だけですが)力を入れてない時は少ない毛の量で繊細に弾くことが出来、力を入れると毛の幅が広がり力強く弾くことが出来るようになっています。 また、半丸型よりも縁の部分で弦に当たる毛が多くなるので、ボーイングの反応が良くなるとも言われます。
ただ、これらは演奏者個人の好みの差程度であるとも言われ、絶対的な長所とはなっていません。 それは未だにヴィヨームスタイルが少数派である事が何よりの証拠と言えます。
しかし、そうだとしてもこのフロッグの利点や美しさを好む演奏家もおり、現在の新作でも個人製作家や一部のメーカーがこのヴィヨームスタイルのフロッグを使った楽弓の製作を行っています。
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この様にヴィヨームは様々な楽弓の発明を行いましたが、彼自身は楽弓を製作しなかったそうです。
彼が販売する楽弓は彼の生まれ故郷でもあるミルクールの製作者に依頼していて、そのおかげでColas、Eury、Fonclause、Henry、C. J. Husson、Lenoble、Maline、Dominique Peccatte、François Peccatte、Charles Peccatte、Persois、H. R. Pfretzschner、Poirson、Simon、F. N. Voirin、Joseph Voirinなど、多くの楽弓製作の達人がミルクールで育つことになりました。
こうした事も、彼がバイオリン業界に大きく貢献した事の一つです。
彼は他にも、フロッグの丸い装飾(アイ)を覗くと演奏家や彼の写真が見える様にしたものや、3メートルを超す人間よりも大きなコントラバス「オクトバス」、現在のビオラよりも大きく力強いビオラ「コントラルト」、ガット弦の太さを均一にする機械等々、その他の様々な発明を行いました。
これらについては、またの機会でお話したいと思います。
出展・参考文献
Wikipedia
Charles-Auguste de Bériot: https://fr.wikipedia.org/wiki/Charles-Auguste_de_B%C3%A9riot
Alexandre-Joseph Artot: https://fr.wikipedia.org/wiki/Alexandre-Joseph_Artot
Niccolò Paganini: https://it.wikipedia.org/wiki/Niccol%C3%B2_Paganini
W. Lewis; Library ed edition JOSEPH RODA著 「BOWS FOR MUSICAL INSTRUMENTS of the Violin Family