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18世紀の工具③

定規

 計測機器といえば一般的には定規を思い浮かべますが、現在のようなメートルの目盛りが付いた定規はストラディバリの時代にはありません。国際基準であるメートルは、1837年頃からフランスで普及し始めましたが、他の国では1875年のメートル条約締結まで使用していませんでしたので、各地域で様々な長さの単位を使っていました。

 クレモナでは「ブラッチョ・クレモネーゼ」(Braccio da fabbrica cremonese クレモナでの製造用腕尺、Braccioは直訳で「腕」)という長さの単位を使っていたことがわかっています。また、その他にも「ブラッチョ・ミラネーゼ」(Braccio milanese ミラノの腕尺)というものも使用していたようです。

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クレモナの大聖堂にある鐘楼の壁面に刻まれたブラッチョ・クレモネーゼ

 いわゆる「キュビット」(腕尺)の一つで、紀元前6000年頃のメソポタミアで生まれ、ヨーロッパやアラブなどの各地で様々なものが使用されていた単位の種類です。「キュビット」という言葉はラテン語の「肘」を意味する cubitum に由来します。肘から中指の先までの間の長さを基準にしていますが、当然人体を基準としているので人種・地域によって規定が違いました。

 それぞれをメートル換算で比較してみると

  • 517.2 mm メソポタミアの発掘された標準器「シュメール・キュビット」
  • 523.5~524 mm 古代エジプト、紀元前2750年ごろのサッカラ
  • 444.6 mm 古代ギリシャ「πῆχυς(ペーキュス)」
  • 444 mm 古代ローマ「cubitum」
  • 428~445 mm 古代イスラエル、第一神殿時代~第二神殿時代

 以上のように約43~53 cmと、最大10 cmの差がありました。

 で、「ブラッチョ・クレモネーゼ」に戻りますが、メートルと比べると

 1 Braccio da fabbrica cremonese = 483,539 mm

 となります。

 当時は12進法で、さらに12分割して使用していたようです。

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Nuoua architettura dell'agrimensura di terre, et acque - Alessandro Capra

 残された工具からは、私達が想像する、いわゆる目盛りのある「定規」はありません。

 そのかわりといってはなんですが、自作された各部分の長さの定規や形のテンプレートがたくさん残されています。

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M(isu)re- De V(io)li(ni) Per li fondi(バイオリンの裏板の長さ)と書かれている

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La Tondezza della Tappa / dal Vioncello(チェロ用指板の丸み)と書かれている

 さて、以上のものを見ると「正確な長さを出すのは現代のほうが精密に出来たのでは?」と思ってしまいます。

 しかし、当時はコンパスを使っていろいろな場所のとの比でそれぞれの長さを出していましたので、一概に現代と比べて不正確とは言えません。

 一例を上げましょう。

 美術・芸術でよく扱われるものに「黄金比」と呼ばれるものがあります。

 簡単に言えば、ある長さを人間が見て「美しい・バランスが取れている」と思うように2つに分けた比率のことです。

 その比率は 1:(1+√5)/2 = 1:1.6180339877... となります。

 これを定規で測って正確に作図するのは大きな図でないと大変ですが、コンパスを使用すると「すごい」とまではいきませんが簡単に正確に描けます。

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      1. 正方形 abcd を描く。
      2. 辺 bc の中点 o を中心に、コンパスなどを用いて線分 oa または od を半径とした円を描く。
      3. 2で描いた円と辺 bc の延長線との交点を e とし、長方形abefを描く。
             この時の長方形abefが、黄金比となる。

 上では端折っていますが、コンパスと直線を描ける(目盛り無しの)定規を使えば正方形を描くことも中点を出すことも正確に行えます。

 また、「黄金比」を含めた様々な比率を簡単に出せる「比例コンパス」といったものもありました。

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フランス百科全書 第3部 諸科学(動植物、地学、医学、天文学等)7諸科学 幾何学と数学 幾何学のための一連の説明

 残念ながらコンパスは残されていませんが、彼が作図したものが多く残されていて、コンパスを使って様々な作図を行っていたことがわかります。

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f字孔の位置の作図

 この様に、精密な目盛りの定規が無いからといって「当時の作図は不正確」とは言えません。

 むしろ「黄金比」のように、場合によっては現代の定規で測るより正確だったとも言えます。

 それに、毎回精密な作図をしなくても、正確なテンプレートを作っておけば作図も煩わしくありません。実際に現代の製作方法でもテンプレートはたくさん作りますから。

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現在使用されるテンプレートの一例

 ただ、計測機器はテンプレートや定規だけではありません。木工作業では削った面の角度を確認するための直角定規などの定規も欠かせませんし、厚みを測る特殊な工具も必要です。

 次回は直角定規や厚み測定器といった工具を見ていきます。

 参考文献

 Fondazione Museo del Violino Fausto Cacciatori監修 「Antonio Stradivari disegni modelli forme」

  Alessandro Capra著 「Nuoua architettura dell'agrimensura di terre, et acque」

 大阪府立図書館 デジタル画像 フランス百科全書 図版集: http://www.library.pref.osaka.jp/France/France.html

 Wikipedia

  • メートル法 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E6%B3%95
  • キュビット https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%88
  • Antiche unità di misura del circondario di Cremona https://it.wikipedia.org/wiki/Antiche_unit%C3%A0_di_misura_del_circondario_di_Cremona#/media/File:Vallardi_-_Cremona.jpg
  • 黄金比 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E9%87%91%E6%AF%94