サイトへ戻る

18世紀の工具①

ストラディバリが使った工具たち

 クレモナにはストラディバリはもちろんのこと、アマティ、ガルネリといった名人たちの製作した多数の銘器を収蔵している「Museo del Violino(バイオリン博物館)」があります。

broken image

 そこには楽器だけではなく、ストラディバリが使用していた工具や型、テンプレートなども収蔵していて、当時の製作風景を垣間見ることが出来ます。

 これはストラディバリの末の息子であるパオロ(Paolo Stradivari)が、カザーレ・モンフェッラート(Casale Monferrato:現在のイタリア、ピエモンテ州にある街)の貴族、コツィオ・ディ・サラブーエ伯爵(Cozio di Salabue 1755–1840)に売却したものを、後世になってミラノの製作家である、ジュセッペ・フィオリーニ(Giuseppe Fiorini 1861–1934)が手に入れ、寄贈という形で1930年にクレモナ市に戻ってきたものです。

broken image

A View of Casal (today Casale Monferrato) ‘a very strong city & castle in Italy taken by the Duke of Savoy in Decem. 1706

 幸運なことに、サラブーエ伯爵が財力と類まれな研究心を持ったコレクターであったために、ストラディバリの工具たちは楽器と同様に大切に保管され、その殆どを散逸することなく残されました。おかげで、現在の製作者達は最も偉大な製作家の手法をその工具たちからより詳しく知ることが出来ます。

 さて、それとは別に、18世紀の楽器製作の様子を伝えた文献もあります。

 それは、「フランス百科全書」(L'Encyclopédie, ou Dictionnaire raisonné des sciences, des arts et des métiers, par une société de gens de lettres)と呼ばれる百科事典です。

 下の絵を見たことがあるかも知れません。これは百科全書の一ページで、よく昔の楽器製作の様子を描いたものとして紹介されています。

broken image

 これはフランスの啓蒙思想家ディドロとダランベールら「百科全書派」が中心となって編集し、1751年から1772年まで20年以上かけて完成した大規模な百科事典です。その中にバイオリン製作の様子や使用工具などが図解されていて、地域の違いはありますがちょうどストラディバリが活動していた時代の様子をうかがい知ることが出来ます。

broken image

 以上のような専門工具の図が3ページあり、他にも弦楽器製作でも使われる一般工具(ノミやナイフ、ノコギリ等)も大工などのその他の項目で図が載っています。

 ところで、現代のバイオリン製作は電動工具を含め、様々な工具を駆使して製作されています。しかし、最も価値の高いオールド楽器たちが作られた18世紀は機械加工の技術も未熟で、職人の扱う工具たちも素朴で単純な構造の物ばかりであったはずです。ナイフやノミといった刃物などは現代のものと大きく違ってはいなかったでしょうが、接着時に圧着するために使われるクランプや測定機器等は、もっと原始的なものが使われていたことがわかっています。

Antonio Stradivari disegni modelli forme P.439 No.MS634
broken image

Antonio Stradivari disegni modelli forme P.439 No. MS636, MS661

broken image
broken image

フランス百科全書 第2部文化 5-音楽・楽器 - 楽器 – 弦楽器製作用の諸道具 図36、39

 では、今より精度が低い(作りの悪い)楽器なのかと言われると、「そんなことはなかった」と弦楽器製作家の誰もが声を揃えて言うはずです。

 現在残されているアマティやストラディバリ、グァルネリの楽器が最も価値あるものとして市場で取引されるのは、骨董価値だけではなく、素晴らしい作りや美しさからです。

 事実、古いだけで作りの悪い楽器は、同年代の楽器であっても価値が低いことがその事を証明しているとも言えます。

 では、当時の製作家はすごい技術を持っていて、その技術は現在は失われてしまったのか?

 確かに素晴らしい技術は持っていたでしょう。しかし、それは決して人間離れした技術や失われた技術、はたまた秘密があったわけではないと思います。

 それを検証するためにも、次回からはそれぞれの工具と製作法を現代のものと比較してみたいと思います。

 参考文献

 Fondazione Museo del Violino Fausto Cacciatori監修 「Antonio Stradivari disegni modelli forme」

 Wikipedia

  Casale Monferrato: https://it.wikipedia.org/wiki/Casale_Monferrato

  Ignazio Alessandro Cozio: https://it.wikipedia.org/wiki/Ignazio_Alessandro_Cozio

  百科全書: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E7%A7%91%E5%85%A8%E6%9B%B8

 Museo del Violino: https://www.museodelviolino.org/it/

 大阪府立図書館 デジタル画像 フランス百科全書 図版集: http://www.library.pref.osaka.jp/France/France.html