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バイオリンの改良と発達。

バロックバイオリンとモダンバイオリン

今回で「バイオリンとは」の最終回です。

次第に改良・発達。

 「ヴァイオリンは、他の楽器や工芸品と異なって、次々と改良を加えられて発達したものではなく、最初から、改良の余地のない完成品として生み出された。」(「楽器の辞典 ヴァイオリン」より)と、表現の違いはあるものの、この様によく言われます。

 「じゃあ広辞苑のこの語句は間違っているじゃあないかぁ!」という人もいるかも知れませんが、まあまあ、落ち着いてください。楽器の辞典のほうは若干の誇張表現です。「大雑把に見れば、あるいは他の楽器と比べてみたら、ほとんど改良していないと言ってもいいくらいの完成度で誕生した。」ということです。

 ではその些細な(でも些細とも言えない)改良点はどこなのか。その時代の音楽シーンも含めた歴史を見ていきましょう。

バロックバイオリン
 あなたは「バロックバイオリン」という言葉を聞いたことはありますか?

 これはバロック時代に使用されていた状態のまま残っているバイオリンや、その当時に使用されていたとおりに復元した楽器のことを言います。

 ところでバロック時代とは?

バロック時代
 バロックと言われるものは1500年代末1700年代前半に、全ヨーロッパを風靡した芸術上および文学上の様式のことです。「音楽の歴史では、劇音楽が誕生した1600年から、バッハの没年にあたる1750年までの150年ほどをバロック音楽の時代としている。」(千蔵八郎著 「音楽史」より)ということですから、若干時代設定は違いますが、ほぼ一緒ですね。

 「歪んだ真珠」を意味するポルトガル語のbarroco(バローコ)が由来と言われています。ちなみに言い出したのは19世紀後半の研究者たちなので、当時の人達がこの時代について言っていたわけではありません。
 バロックの作曲家で有名なのは、歌劇「オルフェウス」のクラウディオ・モンテベルディから始まり、バイオリン協奏曲集「和声とインベンションの試み」第1番~第4番《四季》のアントニオ・ヴィバルディ、有名な曲が多すぎますがバイオリンならば「無伴奏バイオリン ソナタとパルティータ」のヨハン・ゼバスティアン・バッハ、オラトリオ「メサイヤ」のジョージ・フレデリック・ヘンデルなどなど、みなさんも一度は聞いたことのある曲を書いた人たちばかりです。

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アントニオ・ヴィバルディ :ボローニャ国際音楽図書館

 で、話を戻すと、つまりはバッハたちの生きていた時代に使われていたバイオリンのことです。そして、前回の記事を読んだ方はおわかりかと思いますが、バイオリンが誕生し、クレモナで発展した頃の時代でもあります。(現存する最古のバイオリンはアンドレア・アマティの1565年のものと言われています。)

 つまり、最初に考案されたバイオリンはバロックバイオリンなのです。

 現代のバイオリンを「モダンバイオリン」と区別して呼ぶのですが、わざわざ、「バロックバイオリン」と「モダンバイオリン」を区別しているその理由は、当然ながら“違う楽器だから”です。ではどこが違うのか、具体的に見ていきます。

バロックバイオリン(とモダンバイオリン)の違い
・ネックが短くてまっすぐに取り付けてある、その上釘で固定してある。
・指板は軽くするため2種類以上の板を合わせて作られ、短く、傾斜を大きくしてある。
 ↑ネックが真っ直ぐに付いているので、指板を斜めにして駒の高さを作っている。
・バスバー(表板の内側にある梁のようなもの)が短く、低い。
・駒、テールピースなどの使われている部品のデザインが違い、顎当てがない
・弦が裸のガット弦で尾止めも裸のガット紐。
・使用される弓が武器の弓のようにスティックが膨らむように曲げて使うもの。

などなど、細かく言うと他にもあるのですが、だいたいこんな感じ。
 

以下によりわかりやすく図を載せています。
(バスバーは本来4番線の下にありますが、図はわかりやすくしてあります。)

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バロックバイオリン Masahiro Ikejiri 2017

 いろいろ違いがありますが、本体部分はバスバー以外全く同じもので、実際に今でも第一線で活躍中のトップバイオリニストが使用しているストラディバリウスやデル・ジェズなどの楽器は、初めはバロックバイオリンとして製作されたものをモダンバイオリンに改造しています。このことから、「最初から、改良の余地のない完成品として生み出された。」と言われるわけです。

 さて、形や構造はわかりました。では実際に演奏したらどうなのか?となりますね。

 バロックバイオリンはネックが短いので弦長(ナットから駒までの弦の長さ、つまり音を出す部分)も短くなります。弦長が短いと弦の張りが弱くなるので、音量も小さくなります。またその上、弦に裸のガットを使っているので、更に音は小さくなります。しかし、その分優しく温かみのある音になります。
 バロック時代では音楽シーンは室内楽が主流でした。つまりどんなに大きな部屋であっても宮殿の食堂や教会です。また、宮廷では音楽は主役ではなく、舞踏会や宴会でのBGMという脇役であることが多く、広い場所でも大音量は必要ありませんでした。むしろ当時は「バイオリンのようなうるさい楽器・・・」とまで言われたくらいですから、優しく、美しい音が好まれました。

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Anton Domenico Gabbiani: Ritratto di musici del Gran Principe Ferdinando de’ Medici con servo moro, 1687

古典派の時代(だいたい1760-1830年ごろ)
 時代は下っていき、18世紀末のフランス革命などで貴族の没落が始まりましたが、急激に変化したわけでもなく、まだまだ宮廷での演奏活動というのは残っていました。しかし、徐々に大衆の力が増してきて、音楽家も貴族に頼らなくても良くなっていく時代になります。ハイドンは引退するまで宮廷楽長でしたが、モーツァルトは晩年に大衆向けのオペラなどを作曲しています。ベートーベンに至っては貴族との繋がりを嫌っていたくらいで、大衆向けに作曲するだけで収入が得られるようになっていました。つまり、聴衆の主役は貴族から大衆へと移っていったわけです。しかし、大衆というパトロン(後援者)は貴族と違って同額を集めるのにも多人数が必要になります。必然的に演奏される場所が沢山の人たちを収容できるホールへと移っていきました。また、ベートーベンの交響曲を聞いたことがある方はわかると思いますが、劇的でダイナミックな曲が好まれるようになってもいきました。人数で補うにしてもステージ上は限界があり、そうなるとそれぞれの楽器に音量が必要になってきます。

 この時代にバイオリンはモダンへの改造が進むのですが、それは音楽界の変化と同様、少しずつ、特定の誰かが全てを行ったのではなく、様々な人物が色々な部分を改造しています。特に、製作家や修復家だけでなく、顎当てを発明したと言われるバイオリニストのシュポーア(L Spohr 1784-1859)などのように演奏家も大きく関わっていき、1840年頃に一応の完成をみたようです。

 特にフランスで大きく改造が進み、パリの楽器商で製作家でもあったヴィヨーム(J B Vuillaume 1778-1875)や製作家のリュポー(N Lupot 1758-1824)が大きく貢献しているとされています。実際に彼らははじめからモダン仕様でバイオリンを作り始めた人たちでもあります。

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モダンバイオリン(現代の一般的なバイオリン) Masahiro Ikejiri 2018

 また、ヴィオッティ(G B Viotti 1755-1823)というイタリア人のバイオリン奏者は、フランスを訪れた時に弓製作者であるタート(トルテとも、F X Tourte 1750-1835)に出会い、共に研究を重ねて現代のような凹型の弓を開発しました。
 この弓とモダン仕様の楽器によって演奏技術は飛躍的に向上し、バイオリンは独奏楽器としての時代を迎えていきました。

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弓の変遷:BOWS FOR MUSICAL INSTRUMENTS of the Violin Family

 このような変遷を経て、バイオリンは改良・発達してきました。

 生まれた当時はそこまで花形ではなかった楽器が、音楽シーンなどの要望によって改造され、クラシック界には無くてはならない「楽器の女王」へと変化して来たのです。

 逆に言えば、この改造がないバロックバイオリンで、現代のような編成や会場で協奏曲を行ったなら、聴衆を満足させられるような演奏は不可能でしょう。

 それほどバロックバイオリンとモダンバイオリンは違う楽器とも言えるのです。

 ここまでで、「バイオリンとは」は一応の終わりにさせて頂きます。
 まだまだ、語り足りないことも多いのですが、それはまたの機会に。

 最初は5行程度の内容を解説するだけのつもりだったので、こんなに長くなるとは思いませんでした。でも、器楽の事を話すとなると音楽全般の事も抜きには出来ず、そんなこんなでこんなに長くなってしまいました。(でも、それでも一端に過ぎませんが・・・)

 ともかく、ここまでお付き合いくださってありがとうございました。

 まだまだ、このブログは続きますよ。
 

参考文献
(株)ショパン 「楽器の辞典 ヴァイオリン」 増強版 第2刷

株式会社教育芸術社 千蔵八郎著 「音楽史(作曲家とその作品)」 第35版

音楽之友社 クリストファー・ホグウッド著 吉田泰輔訳 「宮廷の音楽」 第1版
レッスンの友社 神田侑晃著 「ヴァイオリンの見方・選び方」 基礎編

日立システムアンドサービス 百科事典マイペディア 電子辞書版2002-2004

W. Lewis; Library ed edition JOSEPH RODA著 「BOWS FOR MUSICAL INSTRUMENTS of the Violin Family」

Wikipedia
「Antonio Vivaldi」(イタリア語)

「Anton Domenico Gabbiani」(イタリア語)
「barocco」(イタリア語)