サイトへ戻る

リュートを作る人と呼ばれて

 イタリア語ではバイオリン製作家を「Liutaio(リュータイオ)」と呼びます。

 その語源はLiuto(リュート)に-aio(ーの場所や労働者)という接尾語をつけて「リュートを作る人」です。

 リュートとは、ギターなどの發弦楽器の仲間で、正面から見ると日本の「琵琶」という楽器のような形をしていますが、胴が琵琶と違い丸く膨らんでいる楽器です。

broken image

Michelangelo Merisi da Caravaggio 1600年頃 この人物が弾いている楽器がリュート

 ん?バイオリン製作者はリュートも作ってるの?

 と思われるでしょうが、現在のクレモナにいるLiutaioはほとんどの人がリュートは作っていませんし、作り方を知らない人も多いです。(作っている人もいます)

 じゃあ、なんで?

 それは、Liutaioという言葉がバイオリンが生まれるルネサンス時代以前の中世からの言葉だからです。

 その当時、弦楽器と言えばリュートで、弦楽器製作家と言えばリュートを作る人だったからなのです。

 じゃあ、バイオリンを作り出した時にViolinaioとかの言葉を生み出せばよかったのにと思いますが、それはバイオリン製作が専門になっている現代の考えに基づきます。

 バイオリンが生まれた15世紀頃はまだリュートのほうが人気があり、弦楽器製作家は他にもハープやマンドリン、ギターの原型となった楽器なども作っていました。

 実際、バイオリンが生まれてから100年近くたった後の製作家であるストラディバリであっても、バイオリン族以外にハープやギター、リュートなどの他の楽器を作っています。

broken image
broken image

Antonio Stradivariが作ったバイオリン属以外の楽器の例

 なので、リュートを作っていた人がだんだんとバイオリンを作り始め、今となってはバイオリン製作の方が人気があるので、Liutaioがバイオリン製作家を意味するようになったのです。

 と言うよりはイタリアではギターを製作する人のこともLiutaioと呼びますから、バイオリン製作家というよりは弦楽器製作家というもっと広い意味合いが強いです。

 ということで、今回からは「Liutaio(弦楽器製作家)」の語源となったリュートについて少しお話ししようと思います。

 ヨーロッパの弦楽器はその多くで中東に起源がありますが、リュートも中東のウード(アラビア語: عود‎ (ˁūd))が起源とされる説が一般的です。

broken image

ウード

 このウードは南部メソポタミアで発見された5000年以上前の円筒印章にその絵柄が残っているほどに古いものです。

broken image

動物と戦う英雄を描いた円筒印章(左)とその印影。イシュタル神殿:紀元前2600年頃、ルーブル美術館所蔵

 現在でもウードはアラブ音楽文化圏で使用されており、現在のエレキギターのように薄い木片などで作られたピックで演奏されます。(リュートは指で弾きます)

 このウードが西方に伝わってヨーロッパでリュートに、東方に伝わって日本では琵琶になったのではと考えられています。

 こんな古くからあった楽器ですが、ヨーロッパでは中世からリュートが出現しているので、おそらくは東方貿易や十字軍によってもたらされたとされています。(東方貿易と十字軍は密接に関わっていますので同じ意味とも取れますが)

 ヨーロッパでは中世に伝わったウードが、キリスト教圏に合うように改造され、リュートとなっていったわけですが、実はあまり教会では使用されませんでした。

 特にリュートが最も流行したルネッサンス、バロック期では、主に村の祭りや貴族達が重用していて、いわゆる「世俗音楽」で良く使用された楽器でした。

 そしてその演奏家が「吟遊詩人」です。

broken image

トロヴァトーレ(吟遊詩人)像:フランス

 中世ファンタジー物語でも良く登場する吟遊詩人ですが、彼らは各地を転々として町や村の祭りで音楽や踊りを行う娯楽の大事な担い手でした。

 時には貴族にも招待され、パーティーに華を添えたり、各地の様々な情報を伝える貴重な存在でもありました。

 ちなみに中世初期では彼ら吟遊詩人は音楽や歌詞、物語を口伝で伝えていたため、楽譜は残っていません。また、ネウマ譜などの現代の五線譜につながるものは教会で行われる神聖音楽(宗教音楽)に使用されていて、世俗的な音楽には使われていませんでした。

 ルネサンスに近づくにつれ辻音楽師をやめて宮廷に居残る吟遊詩人も現れ、宮廷付きの音楽家となって宮廷内で愛の詩や騎士道的な物語を歌うようになりました。そして貴族自らもリュートを演奏するようになっていき、14世紀頃にタブラチュアという弦のどこを押さえるかを記述した違う形の楽譜が生まれ、出版もされるようになります。

 こうして、リュートはルネサンスからバロックまで隆盛を極めますが、バロックの終焉と共に急激に衰退します。それは、ビオラ・ダ・ガンバと同様に楽器の構造上転調や調律の困難さが原因と言われます。(これは12平均律がまだしっかりと確立しておらず、純正律などの調律が多く使われていたことも関係しています)

 そして弦楽器では、いい意味で融通の利くバイオリン族がその後発展していくことになります。

 琵琶もそうですが、バイオリンの起源となった楽器とは違ってリュートとウードはとても形が似ているので容易に近縁であることが想像されます。しかし、バイオリンと違って古い楽器はあまり残っていません。

 これはギターもそうなのですが、その構造が弱いために壊れやすかったことが原因と考えられています。

 次回はその構造についてお話ししたいと思います。

参考文献

 Wikipedia

 the Strad 「CREMONA 2019」

 Eric Blot Edizioni Simone Fernando Sacconi著 「THE "SECRET" OF STRADIVARI」

 卒業論文 Mizuho IKEJIRI著 「La rosetta del liuto rinascimentale」