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Violoneという低音弦楽器

古楽演奏の時代考証③

低音の弦楽器と言えばチェロコントラバスを思い浮かべますが、実はルネサンス期はどちらともなく様々な低音弦楽器が作られました。

名前も弦楽器を意味する「Viola(ビオラ)」に「大きい」を意味する接尾語の「-one」をつけて「Violone(大きいビオラ)」となっているものが多いのですが、Violoneはコントラバスとチェロの両方の祖先というよりは、単純に「大きな低音を出すビオラ」と考えたほうが良いです。

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ルネサンス期のVioloneの一つ、チェロのように見えるが少し大きい

Bonifazio de’Pitati (1487–1553) "Concert champêtre"

この頃の「Viola」という言葉はビオール属とバイオリン属を分けるものではなく、擦弦楽器全般の事を指していました。

そういった事からもわかるように、楽器の分類にこだわること無く、特に低音楽器になるとそのバリエーションは様々で、とにかく低音を出すために試行錯誤したことが伺えます。

構造的にも指板にフレットがあるものだけでなくフレットの無いものも存在し、弦は3~7本と幅があり、調弦も様々な方法を取っていたようで、その上大きさも現在のコントラバスよりも大きなものから現在のチェロと同じような大きさのものもありました。

バロック時代に入るとVioloneはバスの更に低い音程を担う楽器として定着していきます。

バロック初期の有名な作曲家であるクラウディオ・モンテベルディはオペラ「オルフェオ」の総譜を1609年に出版しましたが、その中で低音弦楽器を指定しています。

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左側のPERSONAGGIは登場人物、右側のSTROMENTIが楽器の指定

Duoi Clavicembari
Duoi contrabasso de Viola
Dieci Viola da brazzo
Un Alpa doppia
Duio Violini piccoli alla francese
Duoi Chitarroni
Duoi Organi di legno
Tre Bassi da gamba
Quattro Tromboni
Un Regale
Duoi Cornetti
Un flautini alla vigesima secunda
Un Clarino con tre trombe sordine

耳慣れない楽器ばかりだと思いますが、とりあえず2段目のDuoi contrabasso de Violaを見て下さい。

Duoiは2つという意味で、奏者の数を指定しています。

contrabassoは「バスの向こう側」という意味の音域の事を言っています。

deは接続詞で「~の」という意味で、

Violaは上でお話ししたように弦楽器という意味です。

なお、その6つ下にTre Bassi da gamba(3つのバス・ガンバ)の指定があります。このことから、この頃からcontrabasso de Violaはビオラ・ダ・ガンバの低音楽器よりもさらに低音を担う楽器なのがわかります。

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Cesare Gennari (1637-1688) ”Orfeo”

この様に、Violone(大きなビオラ)はcontrabasso de Viola(バスの向こう側のビオラ)と呼ばれるようにもなり、現在のコントラバスの先祖となってきます。

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Michael Praetorius "Syntagma musicum II; Theatrum Instrumentrum VI" 1614

この頃に活躍したテノールビオラやビオローネで有名な製作家が、ブレシアのガスパロ・ダ・サロ(Gasparo di Bertolotti da Salò 1540-1609)です。

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Contrabbasso 1580c. "Il Biondo" in origine violone a sei corde: Gasparo di Bertolotti da Salò

Edizioni Museo del Violino ”Monteverdi e Caravaggio" P.47

※コントラバスに改造されているが元々は6弦のビオローネだった楽器

モンテベルディは「オルフェオ」を作曲した当時、ブレシアから60km南東にあるマントバという比較的近い地域にいましたから、この楽器ではなくてもガスパロの楽器を知っていた可能性が高いと思います。

また、ガスパロの弟子であるマッジーニ(Giovanni Paolo Maggini 1580-1630)も1610年頃に6弦のビオローネを作っています。

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Contrabbasso 160c. in origine violone a sei corde: Violone Giovanni Paolo Maggini (1580-1630)

Edizioni Museo del Violino ”Monteverdi e Caravaggio" P.63

コントラバスに改造されているが元々は6弦のビオローネだった楽器

師匠の特徴を継承しつつ、自分の個性も出しています。

この楽器のスクロールを見ると、ベルガモの画家バスケニス(Evaristo Baschenis 1617-1677)が描いた楽器によく似ているのがわかります。

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Testa di Contrabbasso 160c. in origine violone a sei corde: Violone Giovanni Paolo Maggini (1580-1630)

Edizioni Museo del Violino ”Monteverdi e Cartavaggio" P.65

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Evaristo Baschenis (1617–1677) "Musical Instruments"

この絵を見ると6弦でフレットのある楽器だったことが伺えます。裏板も平らな板で、ペグボックスの出っ張りや、撫で肩でコーナーも出っ張っていますので、非常によく似ています。

バスケニスのいたベルガモとマッジーニのいたブレシアは直線距離で50km程なので、案外同じ楽器なのかもしれません。

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このことから、ガスパロが作った楽器もこの絵と同様に6弦で現在よりもネックの太い、フレットを備えた楽器であったことがわかります。

つまり、モンテベルディがcontrabasso de Violaと想定していたのはこのガスパロの6弦ビオローネだったのではないでしょうか。

さて、ではチェロはどうだったのでしょうか。

アンドレア・アマティがこのガスパロのビオローネより少し前に作ったチェロが現存しています。

次回はそのチェロを中心にバロック前期のチェロについて考察します。

出典・参考文献

Claudio Monteverdi: L'Olfeo

Michael Praetorius: Syntagma musicum II

Edizioni Museo del Violino: Monteverdi e Caravaggio

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