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フィッティング

 現代の手工芸製品がストラディバリに匹敵する理由。

 それは「常に最高の品質を目指す」責任と、一貫した製作工程よって作られる統一性以外に、

 フィッティングの精度の高さがあります。

 これを理解するためには、はじめにストラディバリウスと低価格大量生産製品との比較を見るのが手っ取り早いので、まずはその比較をお話します。

 ストラディバリウスであろうと、低価格製品であろうと、どの楽器でも演奏できるようにするためには楽器本体のフィッティング(弦の選択・調整など)を行います。

 具体的に比較したお話しすると

 1億円のストラディバリウスなら1本1万円するような弦の選別を50回やったとしても惜しくありませんが、5万円の楽器では弦の選択は最低価格帯のものを使用する以外には選択の余地がありません。

 魂柱や駒の調整もストラディバリウスなら人件費が1日数万円するような高度な技術者に1ヶ月行なってもらっても問題ありませんが、5万円の楽器なら駆け出しの技術者が2時間程度で仕上げることがほとんどです。

 また、5万円の楽器は必要最低限しかフィッティングされないどころか、場合によっては弦の間隔がバラバラだったり、ナットの弦高が高かったり、ペグが回しにくかったり、あるいは止まらなかったりと、必要最低限の状態ですらありません。(実際に5万円でそんな楽器はたくさんあります)

なぜ、そんなに差をつけるのか。

 考えて見て下さい。フィッティングにかける費用が価格の1%だったとしたら1億円のストラディバリウスは100万円、5万円の楽器は500円にしかならないのです。500円で済むフィッティングなんてありえませんから、むしろ5万円の楽器のほうが手厚いと言えるのです。

 つまり、その楽器の価格に見合ったフィッティングを行うので、言い方が悪いかもしれませんが価格が低いものは適当にフィッティングされているわけです。(文字通りの意味でもありますが)

 そんなわけで、当然ながら価格が低いものはそれなりの音になってしまうのは仕方がないことなのです。

 ところが、手工芸製品は事情が違います。

 バイオリン製作は、複雑で高度な木工技術と知識や経験が必要なため、きちんとした技術・知識・経験を習得した者でなければ商品として成り立つものが作れません。

 つまり、バイオリン製作家は専門店の高度な技術者と同じくらいの技術を持っている人がほとんどです。

 そして、自分の名前の付いた楽器を販売するわけですから、フィッティングに関してもこだわりを持って行い、常に最高の品質を目指します。

 それは、自分の楽器の販売価格がストラディバリウスの価格からすれば1/100であったとしても、製作者はプライドを持って同等かそれ以上のフィッティングを目指して行い、音だけでなく演奏者の弾きやすさや、トラブル(故障や弦の切れやすさ等)を最小限にするための配慮も行っています。

 以上のことから、フランスで行われた実験の様に手工芸製品のバイオリンがストラディバリウスなどのオールド楽器と遜色無く良い音が出るのは、決しておかしな事ではないのです。

 また、こんな話があります。

 随分前のことです。Kiso Suzuki Violin社のプレス加工ヴァイオリン「定価金3万円也」がありました。毎年数千本も生産されている「量産品」のヴァイオリンでした。何気なくある1本を試奏したところ良い音が出そうな気がして、最上級のフィッティングを行ない、改めて音を出しました。当時300万円はするファニョーラ(Hannibale Fagnola 1890~1939 Torino)と弾き比べたところ、3万円の方が圧倒的に「良い音」でした。更に1,000万円クラスのオールドイタリアン、ジョフレッド・カッパ(Giofred Cappa 1644ー1717 Torino)と比べると、意見は二つに別れました。

 「ヴァイオリンの見方・選び方」応用編 より 原文ママ

 この3万円のKiso Suzuki Violinは偶然にも製作上の方向性がある程度まとまっていたのでしょう。なので最上級のフィッティングを行うと、モダンの銘器にも引けを取らない音が出せるようになってしまいました。ちなみにファニョーラは現在なら1000万円以上の価値がついています。

 この本の著者の神田侑康さんは日本を代表する弦楽器専門店である株式会社ミュージックプラザの代表取締役で、日本におけるストラディバリウスも取り扱っている数少ないディーラーの一人でもあります。銘器の音を知り尽くしている彼が「良い音」だと言っているわけですから、フィッティングの力は馬鹿になりません。

 なお、この文には続きがあって

 ところで、「このKiso Suzuki Violinは1,000万円の音がする」という理由で1,000万円で売ってしまえば、私は詐欺罪に問われること請け合いです。

 と言っています。この章では「値段と音は必ずしも一致しない」ことを様々な例を上げて説明されており、以上の文もそのうちの一つです。

 個人工房製の手工芸楽器がオールドイタリアンに匹敵する訳がおわかり頂けたでしょうか。

 私もバイオリン製作家という作っている側の人間ですから、「自分の楽器を売ろうと大げさに話しているんじゃないの?」と思われてしまうのは仕方ないところもあります。

 ですが、オールドイタリアンに限らず古い楽器には、ある種の「大げさに作られた神話」があることも確かで、その価値は音を保証するものでは無いことも事実です。

 純粋に音にこだわって楽器をお探しなら、古い楽器だけではなく、個人工房製の新作手工芸楽器も試してみてはいかがでしょうか。

 オールドであれ、新作であれ、どんな楽器であっても、音が気に入らないなら買わなければ良いわけですから。

 出典・参考文献

 レッスンの友社 神田侑康著 「ヴァイオリンの見方・選び方」