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ストラディバリウスの木材

· バイオリン,ストラディバリウス

 さて、ニスに秘密がなかったので、じゃあ次はなにか。

 ということで、今回は木材に注目してみましょう。

 「300年という経年変化が木材の中のセルロースを結晶化させて、より軽量化と強度向上が進んで音が良くなった」という説があります。

 木材には細胞壁と細胞壁の間である隙間に含まれている「自由水」と、細胞壁を作っている物質であるセルロースに結合している「結合水」が含まれています。

 木材は切り倒されてから乾燥させますが、初めに自由水が気化して含まれる水分が30%ほどになり、その後細胞壁内のセルロースから結合水が放出されて更に水分が少なくなっていきます。

 ある一定のところまで乾燥が進むと木材は大気の温度や湿度にあわせて大気中の水分を吸収したり放出したりするようになります。その時の水分は日本では比較的湿潤な気候ですので15%程度となりますが、欧米では12%と言われます。

  しかし、X線的研究によってセルロースの結晶領域の内部は吸湿に関与しない、つまりセルロースが結晶化すると大気中の水分を吸収しないことが明らかになっています。

 そして針葉樹の木材は時間の経過と共に結晶化領域が増加し、同様に時間の経過と供に強度も増加するそうです。

 単純に見ると軽量で強度が強い材料のほうが音の伝達がより良くなるわけですので、以上の研究結果は時間の経過と共にスプルスのセルロースが結晶化することで、含まれる水分の低下による軽量化が起こり、その上強度の増加が起こるわけですから、その結果音が良くなると想像されます。

 しかし、伐採されてから300年後をピークに強度の増加は止まり、緩やかに落ち込んでいくようです。その原因はセルロース結晶の間を充填しているホロセルロースと呼ばれる素材の崩壊だと言われています。

 さらにメイプルのような広葉樹の木材は経年による強度は上昇することなく伐採後から速やかに低下をしていきます。

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小原二郎:木材の老化 より

 この理論からすると、ストラディバリウスの表板などのスプルスは300年程経った現在が最も良い音を出すピークで、その後緩やかに低下していきます。(とはいえ1200年経っても初めより高い強度を維持していますが)

 しかし、ネックや裏板に使われているメイプルの強度はかなり低下しているので、今後は音質の低下が起こる可能性もあります。

 ただし、これらの研究は建材に対して行ったものであるので、木材にかかる強度を大きな力で考えていることや、他の研究では古材の強度は低くなる傾向にあるものの、その差は大きなものではないという見解もあり、一概に正しいとは言えない部分もあります。

 他にも「昔の木材が現代の木材よりも品質が良かった」という説もよく聞く話です。

 BurckleとGrissino-Mayerはヨーロッパの主要国に点在するスプルスを含む16種の木について、1500年から現在までの500年間における年輪測定年表を作成しました。彼らは、そのなかで1625年から1720年の間に特に木の成長の遅い期間を発見します。それはイギリスの天文学者エドワード・ウォルター・マーダー( Edward Walter Maunder:1851-1928)が観測した1645年から1715年までの70年間における太陽活動の減少と一致しました。

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各年代の平均気温推定値の推移を1950年から1980年の時期との差で表したグラフ

 このことは15〜19世紀の間に木の成長の鈍化をもたらした小氷期が関係しています。

 偶然にもストラディバリはこの何世紀にもわたって緩やかな成長をしたスプルスの中でも特に年輪の詰まったものを使ってバイオリンを製作しました。

 森林の環境設定(地形、標高、および土壌条件など)と相まって、小氷期で育ったこのスプルスは木材密度が高く、その共鳴容量が多かったため、優れた音質を持ったと言われます。

 その他にも聞いたことのある説では、「当時の伐採では切り倒した後に川に丸太を流して運んでいたので、そのおかげで木材の質が向上したのではないか」と言うものです。

 アメリカの製作家DAVID FOLLANDはメイプル材を数カ月水につけておくことで木材の密度を低下させることが出来たと言っています。

 スプルスでは密度と速度のどちらも変化が見られなかったそうですが、メイプルの場合はこの処理によりその相対密度が平均0.02低下したそうです。期待していた音の伝達速度は大きく変化はなかったそうですが、これにより音質の向上が得られると期待しています。

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THE STRAD FEBRUARY 2015:TRADE SECRETS Wood ponding

 どうですか?実に説得力のある研究結果がいくつも出ています。

 

 しかし、待ってください。

 

 これらの結果は決してストラディバリウスだけが音質が良いことを証明していません。

 それはどういうことか、次回で詳しくお話します。

 出典・参考文献

 学術論文

  大木裕子:イタリア弦楽器工房の歴史―クレモナの黄金時代を中心に―

  福山萬次郎:木材と水分

  小原二郎:木材の老化

  斎藤幸恵 他:古材の劣化調査

  L. Burckle, H. D. Grissino-Mayer:Stradivari, violins, tree rings, and the Maunder Minimum: a hypothesis

 Wikipedia

  小氷期:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B0%B7%E6%9C%9F

 THE STRAD FEBRUARY 2015:TRADE SECRETS Wood ponding