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楽弓の貴重な材料①

象牙

 楽弓に使用される材料はスティックのフェルナンブーコと同様、ほぼ全てが希少かつ貴重な材料で製作されていて、楽弓はまるで宝飾品のようです。

 みなさんがこれを聞いてすぐに思いつくのが金属部分ではないでしょうか。

 安価な楽弓は金属部分を銀色のニッケル合金で作られていますが、個人製作家の作ったものや高級品、骨董価値の高い楽弓などには、銀色の金属は文字通り「銀」が、金色の金属は文字通り「金」が使用されています。

 これらの金属が希少価値が高く、宝飾品に使用されていることは今更ながら説明する必要はないでしょう。

 しかし、金や銀は価格が高いだけで安定的に流通されていますから入手は難しくありません。

 ところが、実は楽弓製作の世界ではフェルナンブーコだけでなく、その他の製作するための材料がどんどん手に入れにくくなってきています。

 おそらく入手が困難になった材料で有名なのは楽弓の先に付いている白い部分、「チップ」に使用されている「象牙」でしょう。

 Wikipediaには

1989年の絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(通称:ワシントン条約)によって、象牙製品なども含め国際取引は原則禁止とされており、日本を除くほとんどの国々では国内取引も禁止されている。

 となっていますが、後半の「日本を除く」とわざわざ書いてあるところが気になりますね。

 ちなみに象牙があるアフリカゾウのIUCNレッドリストカテゴリーはVU(VULNERABLE:傷つきやすい)に分類されています。

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象牙を持つアフリカゾウ

 この象牙の取引に対する世界の考え方は、原産国・消費国それぞれで取引の禁止か許可かで様々な立場があります。

 なぜそのようになっているかというと、原産地アフリカの南部ではゾウの生息管理がしっかり出来ており、逆に生息数の増加によって獣害も発生するほどになっていますが、北部~中央アフリカでは管理が行き届いておらず、生息数は減少し続けているという地域差があるからです。

 特に管理が行き届いていない地域では密猟が横行しており、密猟者は紛争地域から武器を手に入れて武装しているために、軍が介入しないと取り締まれないといった難しい状況です。

 消費国である日本では象牙は厳格な管理の元に持続可能な資源であるという認識です。

 環境省のサイトには以下のように記載されています。

1999年と2009年には、生息が安定し絶滅のおそれの少ない個体群と位置づけられている南部アフリカ諸国のアフリカゾウのうち、自然死した個体などから集められた象牙が、条約の締約国の会議における決定に基づき、厳正な管理の下で日本に輸入されました。これらの象牙については、速やかに種の保存法に基づく登録等の手続きが行われ、国内における取引も厳格に管理されています。

 消費国であるEUや日本などは国際的商業取引が禁止になる前に持ち込まれた象牙についてのみ、国内に限って取引を許可しています。 しかし、密輸によって持ち込まれた象牙を取引禁止前に持ち込まれたアンティークとして取引するという抜け道が問題になっています。 日本は国内だけの取引でも世界最大の市場だそうで、最も多いのはやはり印鑑です。

 そのため、日本の環境省では国内の象牙管理のために「象牙在庫把握キャンペーン」と銘打って全形を保持した象牙製品(象牙そのままを壁飾りなどにしているものや象牙の形を残したまま浮彫などを施した美術品等)の登録を進めており、登録されていない象牙を譲渡したり販売したりした者には『種の保存法』によって「5年以下の懲役または500万円以下の罰金、もしくは両方」という罰則を科しています。

 ただし、全形を保持したものに限っていますので、きちんとした管理と言えるかは疑問であると環境保護団体や動物愛護団体から声が上がっています。

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全形象牙。ほぼ全ての国で取引が禁止されているが、日本では自宅の押し入れや床の間から出てきた「押し入れ象牙」「床の間象牙」などの名目で流通しており、新作の根付や印鑑など幅広く活用されている

 このように各国の足並みは揃わない状況ではありますが、世界的に見るとだんだん厳しく取り締まっていく方向に進んでいます。

 環境省でも令和元年7月1日から、全形を保持した象牙の登録審査を第三者の証言とそれを裏付ける書類がないと登録出来なくなるなど、より厳格化しています。

 また、イギリスはEU離脱に伴って象牙製品全般の持ち込み、持ち出しについて厳格にしていくと発表しています。

 海外へ(特にイギリスへ)象牙のチップが付いている楽弓を持ち出す可能性がある方は気を付けてください

 (詳しくは日本弦楽器製作者協会の注意喚起をご確認ください)

 以上のように象牙は取り扱いがとても難しくなってきました。

 そのため、今では楽弓のチップ用に代替品が多く作られるようになっています。

 特に最も材質が近いとされる製品がシベリアの凍土から発掘された「マンモスの牙」です。

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 これは当然アフリカゾウに近い種の牙ですから材質が近いですし、すでに絶滅している種であり、死亡している個体でもあるので、種の絶滅を防ぐための取り組みであるワシントン条約には抵触しません。

 ただし、逆に近い材料であるがゆえに、取引が禁止されている国へ持ち込みあるいは持ち出しするときにあらぬ疑いを受ける可能性もある材料です。 そのため、新作に使用するのをためらうメーカーもあります。

 次に近いものとして「牛骨」があります。

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 牛は肉牛としても生産されていますから、牛骨は大量に手に入れやすく見た目も似ています。

 しかし、象牙よりは固く粘りがないので、加工が難しくなります。

 それから、安価な楽弓に良く使用されるのが合成繊維でできた「イミテーション」と呼ばれるものです。

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 昔はやわらかいプラスチックで作られたチップが安価なものには使用されていましたが、最近では繊維状にムラを持たせた材質で、より近い見た目と硬さを実現した材料です。

 それぞれの写真で見ても違いが全然わかりませんが、手に取って見ると質感などでわかります。

 このように、象牙は規制が強くなってきているので、楽弓のチップは代替品へ置き換わってきています。

 その他には銀などの金属でチップを作っている楽弓もあります。

 有名なのはヒル商会が販売していた楽弓ですね。

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銀で出来たチップの楽弓

 ただし、銀で出来たチップはその他のものよりも重いので、製作段階で楽弓のバランスを考えて作られています。 修理で他のチップに交換したり、逆に他のチップだった楽弓に銀のチップを付けると楽弓のバランスがおかしくなってしまいますので注意が必要です。

 象牙は倫理的な問題もあってなかなか難しい状況となっています。

 しかし、楽弓には象牙以外にも問題となっている材料があります。

 次回はそのほかの材料についてもお話ししていきます。

 出典・参考文献

 Wikipedia

  象牙: https://ja.wikipedia.org/wiki/象牙

 環境省/象牙等はルールを守って取引しましょう!: http://www.env.go.jp/nature/kisho/zougetorihiki.html

 日本弦楽器製作者協会/弦楽器演奏者等の英国に渡航する際の注意喚起!: http://www.jsima.jp/caution.pdf

 DICTUM: https://www.dictum.com/en/

 W. Lewis; Library ed edition JOSEPH RODA著 「BOWS FOR MUSICAL INSTRUMENTS of the Violin Family